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第14話
朝の光が窓から差し込むテーブルに並べられたホットケーキに、メープルシロップをたっぷりとかける。
俺は、いつものように甘さと塩気のバランスを楽しむために、ベーコンにもシロップを垂らした。
「甘そうだな」
黒岩が微笑む。
「ベーコンとメープルシロップ、相性抜群なんだぞ」
俺は自信をもって答えた。
黒岩は驚いた顔をしている、信じられない様子だ。
俺はベーコンを一口サイズに切り、たっぷりのメープルシロップをつけて、黒岩の口元に差し出す。
彼は少し戸惑ったが、口に入れると、「甘い」と苦笑した。
今日は黒岩が高校時代に所属していた剣道部のお手伝いに行く予定だ。
彼は恩師との関係を大切にしていて、時々手伝いに行くことがある。
黒岩はここのところ忙しかったから、いい息抜きになると思った。
俺は最初は行くつもりはなかったが、彼に誘われて断る理由が見つからなかった。
「俺も行くの?じゃまじゃない?」
俺は不安を口にした。
「一緒に行こう。嫌?」
黒岩が優しく尋ねる。
「嫌じゃない」
答えると、彼は満足そうに微笑んだ。
食事を終えた後、黒岩は手際よく片付けを済ませ、俺の支度に取りかかった。
彼は俺を洗面所に連れて行き、顔を洗わせ、タオルを手渡す。
俺が顔を拭いている間に、彼は歯ブラシに歯磨き粉をつけ、タオルと交換で手渡してくる。
黒岩は続いて、俺の服装を選び、髪をセットしてくれた。
「前髪はどうする?」と彼が尋ねたとき、俺は「このままでいいや」と答えた。
彼は優しくブラシで髪をとかし、サラサラとした感触を確かめるように指で整えた。
俺はただ、彼の手に身を委ねた。
黒岩の母校に到着すると、彼はすぐに剣道部の指導に取りかかり、俺は道場の隅で見学していた。
崩した体育座りで壁に寄りかかりながら見学している俺に、女子マネージャーが話しかけてきた。
「もしかして、黒岩さんのドッペルゲンガーの人ですか!」と言われたとき、思わず吹き出してしまった。
「あいつのドッペルゲンガーの話、知ってるの?そんなに有名だったのかー」と俺が返すと、マネージャーは興奮した様子で「ドッペルゲンガーに会ったから決勝まで進めたっていわれてます!」と答えた。
俺は苦笑しながら、「なにそれ」と言ったが、彼女はさらに続けた。
「すぐわかりました!でも、よく見ると違うかなって」
「俺の方がいい男だろ?」
「どっちもかっこよくて選べません!」
「満点の答えだ。ありがとう」
「従姉妹があの時会場にいたんです。太陽の国の王子様と月の国の王子様だって言ってました!」
「え……王子?」
俺は戸惑いを隠せなかった。
太陽って、髪が明るかったからか?
そういえば黒岩はあの頃も黒髪だったことを思い出す。
俺は王子様キャラじゃないと思うが、黒岩は王子様キャラだったのかもしれない。
ちらりと黒岩をみる。
完全に巻き込まれ事故だと思った。
「でもイメージちがって」
「もう、おじさんだからな。キラキラは無理」
「違います!おじさんじゃないです!」
必死で否定してくれるところに優しさを感じる。
「なんて言うか、そう、王子様と側近」
黒岩の王子様キャラは健在だ。
「黒瀬さんが王子様で黒岩さんが側近」
「俺が王子?」
俺のわがままっぷりが表面にでているのかと不安になる。
「いやいやいや」
「いやいやいや」
お互い譲れないと、引き下がらない。
意地の張り合いがツボに入り、同時に笑い出す。
「モテましたよね」
「バスケ部ってだけでモテるからな。あー、恋してるんだあ〜」
「してなくはないです!」
「青春だな。部内?誰かな〜」
「ひ、秘密です!」
「告白した?しないの?」
「今の関係が壊れるの怖いじゃないですか」
「告白すればいいのに。後悔するよ。してもしなくても。どうせ後悔するなら、俺はしたいかな」
今ならそう思う。
高校時代の俺に伝えたい言葉だった。
この子の背中を少しでも押してあげたかった。
掴むことができたはずの青春に、手を伸ばさず諦めることだけはしてほしくなかった。
俺のように。
その後も、マネージャーと話しながら、俺はふと黒岩を見た。
彼は部員たちを指導しながら、俺たちのやり取りを見守っているようだった。
俺の心には、少しずつある感情が芽生え始めていた。
それが何なのか、まだ自分でもはっきりとはわからなかったが、黒岩との時間が特別なものに変わりつつあるのを感じていた。
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