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第8話 三度目の正直

 大人のしっとりとした相合い傘デートがしてみたい。傘の中に入ると必然的に身体が密着とまでいかなくても、引っ付く。相手の匂いとか体温とかを感じられる。傘の中ってちょっとエロくて優しい空間だと思うんだよな。我ながらいいシチュエーションだと自画自賛してしまう。やっぱ、もう一回相合い傘デートだ。  お次にお待ちいただいている人とは、そうだな、駅から近いコンビニで待ち合わせにしよう。ボディバッグのカッパは邪魔だ。Tシャツはやめて、白のバンドカラーのシャツと定番の黒パンツ。シルバーのブレスは今回はやめて、何も付けずに行こう。代わりに好きなベルガモットの香りを少しつけようかな。  また、スマホで天気予報を確認する。4日後の夜は雨が降ってそうだ。合言葉はやっぱり自然な感じで、『よかったら、入りませんか?』だな。  サイトに詳細を送った。    俺も3回目ともなれば、むちゃくちゃワクワクしてその日を待ち侘びるって感じもなく、あっという間に当日になった。  やっぱり、最近の天気予報はすごいわ、ちゃんと雨が降ってくれるんだから。  待ち合わせの時間は前と同じにしてしまった。 夜の9時って時間、なんか好きなんだよな。深い夜への入り口みたいな感じでさ。さぁ、もうすぐ9時だ。  雑誌が並んでいるガラスの壁の外辺りで待った。結構明るい場所だ。もう少し暗い方がよかったかな。いや、別に悪いことをするわけではないのだから、ここでいいか。コンビニに向かってくる人を見ては、この人かなと浮き立つ俺。 「よかったら、入りませんか?」  待ってました、と思ったけど、絶対この人は違う。傘が無くて困ってる人に施しをしようとした、ただの気まぐれセレブだ。俺がちょっと困った顔をしてると 「あっ…ごめんね。間違えちゃったかな」  えっ?まさかの合言葉? 「あっ…あの、今の合言葉ですか?」 「そうだよ…あぁ、よかった」  そのセレブ兄さんは、本当にホッとした顔をした。 長身で端正な顔立ち、特に鼻梁が美しい。目尻から頬にかけて笑い皺があって優しい目をしている。 「どうぞ、入って」  そう言って差し掛けてくれた傘はビニール傘なんてもんじゃなくて、匠が手掛けたみたいな俺でもわかる高級傘だ。それにだいたいスーツで登場するから、ややこしいんだよ。このスーツもフルオーダーなんだろうな。お兄さんの体型にピッタリだ。 「ありがとうございます」  なんか俺まで、お上品になるし。    お兄さんは、俺が濡れないように傘を傾けてくれた。 「あの…もう少し引っ付いてもいいですか?そうしたら、そんなに傘を傾けてもらわなくても…」 「そうだね。ありがとう」  お兄さんは傘を持つ手を変えて、俺の肩に手をやるとそっと自分の方に俺を寄せた。スマートだな。お兄さんは上品ないい香りがした。 「あのさ、俺の家この先なんだけど…よかったら家に来ない?」  この先って、まさか最近建ったツインのタワマンか?最上階は億じゃなくて何十億だったはず。 「いいんですか?急にお邪魔しても」 「君さえよければ、家でゆっくりしようよ」  ううん。どうゆっくりするんだ?期待してもいいのかな?お兄さん。いや、待てよ。こんな出来過ぎなことあるのか?待ち合わせで駅近のコンビニを選んだらら、その駅前のタワマンにお住まいの人とデートって。もしかしたら、『シチュエーション・クラブ』がこの間のお詫びみたいなので、セッティングしたデートなのか?…そんなわけないか。  貧乏人は住まいは一軒ってしか思えないけど、お金持ちは色んな所にお持ちなんだろう。きっとそうだ。  はい、やっぱりタワマンに来ました。 「大丈夫?濡れてない?」  エントランスに入ると、すぐに俺のことを気遣ってくれた。ハンカチで俺の髪を拭こうしてくれる。こういう優しさは普段の生活で身に付いたもんなんだろうな。惚れちゃうじゃないか、お兄さん。 「ありがとうございます。僕は大丈夫です」  僕って言っちゃったじゃないか。今晩のレオ君は僕キャラにしよう。

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