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第20話 紫乃

 俺の母親は息子を三人産んだ。母は日本舞踊の家元に生まれた。父と結婚をして家は継いではいないが、今でも師範として活動をしている。母は女の子がどうしても欲しかったらしい。男の子を三人産んで諦めていたが、これが最後と祈った四回目の妊娠で俺が生まれた。母は出産後、鬱状態になったらしい。女の子が生まれたら付けたかった名前が紫乃だった。周囲の反対もあったそうだが、父は母に、俺を紫乃と名付けようと言い、母に俺を紫乃と呼ばせることで、母性が芽生えることを期待したそうだ。俺は三人の兄と違って母似の色白で女の子の様だったらしい。名前を聞くと尚更俺を男の子という人はいなかったと一番上の兄から聞いたことがある。  子供の頃、自分の名前を言うと、いつも決まって女みたいな名前、変なの、までがセットで言われていた。何故、変な名前を付けられたのか、その当時は誰に聞いても教えてくれなかった。ただ、母だけは愛おしそうに紫乃と呼んでいた。紫乃という名前と母の呼び方が大嫌いだった。兄達と遊びたくても、俺だけいつも別だった。母と買い物に行ったり母のお弟子さんの所に行ったり、何処へ行っても、可愛いお子さんですね、と言われ、それを聞く母は幸せそうだったのを覚えている。  小学六年の時だったか、俺は夢精した。どうしていいか分からず一番上の兄に話すと、心配はないと優しく言ってくれた。兄は俺と母のこれからの関係性を心配していた。頭では男とわかっていながらも女の子のように接する母が、変声期を迎えて男の子から男になっていく俺を受け入れることができるのか。精神的にまた不安定になり、今まで優しかった母が急に俺を突き放すようなことがないか、兄は父以上に心配をしてくれていたようだった。  俺は中学生になると、ヘアドネーションで髪を長く伸ばし始めた。幼少期から可愛がってくれていた母のお弟子さんが、癌を患い、抗がん剤治療のため、自ら剃髪をしたことがきっかけだった。中学生の俺は男臭いどころか、ますます母に似て色気さえも感じられる容姿になっていったようだった。兄は俺に高校は男子校への進学を勧めた。男ばかりの学校生活で俺が汗や泥臭い男になっていけば、母も自然に俺を男だと受容するだろうと思っていたらしいが、目論見は大いに外れた。  俺は晴れて偏差値高めの男子校に入学した。兄から絶対に部活に入れと言われていたこともあって考えた末に剣道部に入部した。俺は母に連れられて小さい時から日本舞踊を習わされていたせいで、足捌きは上手かったことと室内の練習であることが入部の決め手となった。俺は色白で日焼けをすると後々大変なんだ。  そして、入部してしばらくすると、憧れていた先輩に…やられた。男臭くなんてなれなかった。いつも可愛いと言われてキスをされると、絶対にゴリゴリにはなれない。そして、血縁以外の他人に自分の名前を呼ばれて、愛を感じたのは初めてだった。その時だけは、紫乃、が嫌じゃなかった。

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