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第22話 お別れ
終わりは必ずやってくる。嬉しくても、悲しくても。
君彦は何も言わずに、俺の目をじっと見つめた。そして頬にキスをした。俺も何も言えなかった。ただ抱きつくだけ。そんな俺を君彦も優しく、そして最後は力いっぱい抱きしめてくれた。
もう、次はない…それくらいのことは俺もわかる。これでお別れだ。
君彦はなんで君彦って言ってしまったんだろう。俺が紫乃って言ったからなのか。君彦は顔と名前で誰なのかわかってしまうくらいの人だったんだろうか。
でも、君彦の腕の中では俺は紫乃でいたかった。
この間と同じように、君彦はエントランスまで送ってくれた。
「紫乃…もう一度、君彦って呼んでよ」
俺は君彦の目を見て、頬に触れながら言った。
「君彦、素敵な夜をありがとうね」
明け方近くなのに、黒塗りのハイヤーはエントランスの前に停まっていた。
君彦が呼べばすぐにやって来るんだ。ああ、たぶんこの車は俺を送った後にまたここに戻ってきて、今度は君彦を本当の家に送り届けるのだろう。坊ちゃんがご自宅に帰るまでが契約なんだろう。
「すいません。窓を少し開けてもらえませんか」
運転手は乾いた声で、はい、とだけ言った。
東の方の空が少し明るくなっている。少し開いた窓から生ぬるい空気と一緒に新聞配達のバイクの音が車内に入ってきた。もうすぐ街は目覚めそうだ。
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