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第4話

俺は統乃に一瞬見惚れていたから全然聞いてなかった。 そんな俺に統乃は再び言った。 「だーかーらー、チケット無駄になるから彼女の身代わりになって映画一緒に行くって言ってんの」 「…身代わりって、俺…男だよ?」 「女装して下向いてれば?」 統乃は他人事のように言う。 そんな事でいいのだろうか… 女装なんて中学の学園祭以来だが、お世辞でも似合ってるとは言えない顔だぞ? 統乃は俺に拒否権はないという感じで返事を待たず近くの服屋に寄ったから外で出てくるのを待つ。 付いて行った方が良かったが、でも女の子の服の店だし勇気がない…統乃は入り慣れてるのか簡単に入ってしまった。 …これが彼女が絶えない男と彼女いない歴=年齢男の差か。 「…なにやってんの」 「え…な、何でもない」 頭を抱えてしゃがみ込もうとしたら、統乃の声がしたから背筋を伸ばし統乃の方を見た。 統乃は不審な目を俺に向ける。 統乃の手には店で買ったものが入ってるのかピンクの水玉色の袋がぶら下がっていた。 「…男がその袋を持つと違和感ありまくりだな」 「そう、じゃあはいこれ…公園のトイレで着替えてきて」 統乃は乱暴に袋を俺の顔面に投げつけた。 中身は服だからか痛くはなかったが、微妙な気持ちになった。 …俺のせいで統乃の彼女を怒らせた…今の俺は奴隷のように従順だった。 統乃が飽きるまで、付き合おう。 近くにあった滑り台と砂場しかない寂しい公園の中にあるトイレに駆け込んだ。 休日なのにこの公園に子供は一人もいない、近くに大きい公園があるからか…それにしてもいつ見ても不気味だ。 今は誰もいない公園に感謝だ…男子トイレに入り、男子トイレから女の格好をして出てくる姿が誰にも見られないから… トイレの中は使う人があまりいないのか、そこまで汚くなくて急いで着替えようと統乃から渡された袋を開けた。 …ご丁寧にウィッグまである。 統乃は金の使い方を間違ってると感じた。 白いワンピースに胸元がバレないように上着を着る。 ウィッグの被り方が分からなかったからトイレの鏡を何度も見ながら調整する。 すると、コツコツと革靴の音がトイレ中に響いた。 …だ、誰か来る!? 慌てるようにバタバタとすると、ひょこと覗かれた。 「着替えた?」 「な、なんだ…統乃か…びっくりした」 「この公園滅多に人来ないんだからタイミングよく誰かが入るわけないじゃん」 全くその通りで苦笑いする。 脱いだ服をピンクの袋に入れて統乃を通り抜けてトイレから出た。 …う、風がスースーして気持ち悪い。 「下着は?」 「……はいた」 統乃が用意したのは服とウィッグだけじゃなかった。 ご丁寧に上下セットの下着まで入っていた。 用意しているという事はきっと穿かなくてはならないと思い穿いた。 …とうとう俺は変態になった気分だった。 …統乃もよく買えたな、彼女へのプレゼントとか爽やかな顔で言えば店員を騙せそうだけど… 統乃はそれを聞き満足そうな顔をした。 「そう、ならいい…アンタはしばらく俺の彼女のさっちゃんだから、萎える事するなよ」 「…わ、分かった…わ」 「女言葉とかいらないから」 そう冷たく統乃に言われて口を閉じでこくこくと頷いた。 さっちゃん呼びは彼女を呼んでるんだろうけど、昔に戻ったみたいで嬉しく思う。 道を歩くと周りの視線が気になりキョロキョロ見るが、誰も俺を変な目で見ていない。 …女顔ではないが、普通だから誰も気にしないのだろう。 問題は俺より統乃だ。 すれ違う女性は必ず統乃を振り返り頬を赤く染める。 「統乃の彼女は大変だな、浮気を疑われても仕方ないというか…」 俺がそう呟くと統乃は驚いた顔をしていた。 言い方が悪かったかと言い直そうとしたら、統乃は見た事がない笑顔を見せた。 …え?なんで? 「何言ってるの?さっちゃんは俺の彼女でしょ?」 ………統乃がなりきっている。 ここは俺も合わせようとこくこくと頷いた。 そうか、あの顔は女の子にしか見せない顔だから見た事なかったんだな。 一瞬俺は服装だけじゃなくて心までも女の子になったみたいでドキドキした。 …でも、統乃が向けた笑みは俺じゃなくて「さっちゃん」に向けた笑みだと気付きドキドキがなくなった。 代わりになんだか胸が苦しくなった。 …意味分からない。 歩いていると大きな映画館が見えた。 日曜日だからか子供連れの家族やカップルなどで賑わっている。 支倉家に居た時しょうちゃんのお母さんに連れられしょうちゃんと統乃と行ったっきりの映画館だ。 久々でキョロキョロ見渡すと統乃はカバンから映画のチケットを取り出す。 「じゃあ飲み物買ってくるから、さっちゃんは炭酸以外だったら何でもいいよね」 「……う、うん」 統乃は売店に向かって歩いて行った。 俺は暇だから壁に寄りかかる。

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