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第5話

統乃…覚えてたのか。 昔俺が炭酸ジュース飲んで喉が痛くて苦しくなって、それから炭酸は飲めなくなった。 …普段はコーヒーや果物ジュースを飲んでたから俺でさえ忘れかけていた。 些細な事だけど、嬉しかった。 それが女の子を落とす手だと思うと、全然嬉しくなくなった。 なんか今日の俺、変だな…女の服着てるから思考が女の子みたいになってる気がする。 早く映画見て服を着替えたい。 「お待たせ、行こっか」 「うん、そういえば…何の映画?」 「あれだよ」 統乃から飲み物を受け取り手のひらに冷たさが染みてきて、そういえば聞いてなかった疑問を統乃に言った。 統乃は上映中映画のポスターが並ぶ場所の一箇所を指差した。 それは、少女漫画が原作の恋愛映画だった。 きっと統乃の彼女が行きたかったんだろうなぁと思うと申し訳なく感じた。 …統乃だってどうせなら彼女と行きたかったんじゃないかと思い、統乃を見た。 統乃は何処を見るでもなく、まっすぐ前を見ていた。 ………また、あの仄暗い瞳だ。 統乃の考えてる事が分からない…俺に女装させてまで彼女と行きたかったのか? それを聞く勇気は俺にはない。 映画館の薄暗い中、スクリーンだけが明るく映像を映していた。 俺は映画の内容が頭に入らなかった。 暗くて見えないが、自分の右手がある場所を見る。 右手は統乃によってがっしりと握られていた。 …統乃は女の子にこんなに積極的なのかと知らない統乃をよく見る。 …なんか統乃が俺の知らない統乃になるんじゃないかと思い、怖くなった。 統乃は…統乃、だよね? 「…めん」 「……?」 「…………ごめんね、さっちゃん」 統乃は囁くぐらい小さな声で呟いだが、映画の音で掻き消されたから俺の耳に届く事はなかった。 暗くて統乃の顔は分からなかった。 映画が終わり、やっと女装から解放されたと思いため息を吐く。 映画館を出ると統乃が俺を見た。 「どっかで食事しようか」 「…俺、金ないよ?」 「彼女に払わせるわけないでしょ?」 統乃は可笑しそうにクスクス笑うから俺も恥ずかしくなった。 …少し形は違うけど、本物の兄弟になれた気がして嬉かった。 そしてランチはホテルのレストランで食べた。 正直雰囲気に呑まれて味は感じられなかった。 ランチも終わったから、そろそろ終わりだろうと帰ろうとホテルを出ようとしたら統乃に腕を引かれて止められた。 不思議に思い統乃を見ると何故か統乃も不思議そうな顔をする。 「何処行くの?」 「…え?だってもう帰るんじゃ」 「こっからが本番なのに?」 本番?映画を見るだけじゃないのか? 統乃はそのままホテルの中に戻り歩き出した。 レストランがある方じゃなくて部屋がある方だ。 「……統乃?」 「恋人同士がホテルでする事なんて一つじゃない?」 恋人同士がホテルで?…よく分からない。 それに俺は本物の恋人じゃないのに… 統乃がある部屋で止まりカードキーでロックを解除した。 先に俺を入れられて、ホテルの中に入った。 スイートルームみたいな豪華さだ。 また珍しくキョロキョロと見ていると後から入ってきた統乃に腕を掴まれどっかに連れてかれる。 そしてリビングの横のドアを開けて投げるように押されてなにかに躓(つまず)き倒れた。 しかし、痛みはなくて背中がふわふわした感触で心地いい。 そこがベッドの上だと気付く前に統乃が覆い被さってきた。 「と、統乃?」 「さっちゃん…好きだよ」 「…ち、ちが…俺は」 統乃は俺と彼女を間違えてるのか?似てないと思うんだが… このままだと統乃が暴走しかねないと思いウィッグを掴み投げた。 こんな女装してるから統乃は俺が兄だと分からないんだとワンピースを脱ごうとしたら統乃に手を握られて止められた。 「さっちゃんは無理しなくていいんだよ、俺が全部やるから」 「おっ、俺はさっちゃんじゃ…ない!佐助だ!」 「さっちゃんだよ」 強い口調で言われ、手を痛いほど握られる。 …意味が分からない…こんな統乃…見たくない。 俺の知ってる統乃は優しい弟なんだ。 首筋に顔を埋めてガリッと噛まれた。 血が出たような痛みに顔をしかめながら抵抗する。 統乃はイライラしたような顔で舌打ちする。 「…大人しくしてれば、優しくしてやろうと思ったのに…」 統乃がそう呟いたと思ったら、自分のネクタイを外し俺の両手をキツく縛りベッドに結んだ。 …怖い、ただそれだけだった。 血が滲んだ首を舐めながら、ワンピースを鎖骨まで上げられた。 統乃の瞳になにが映ってるのか。 なんでそんな、傷付いた顔をしてるのか。

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