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第1話④

 卑猥な白濁に文字通り身体を汚されたことに対して、妙な興奮を覚えてしまった事実には取り敢えず目を瞑りながら、琉斗(りゅうと)は軽く頬を膨らませた。 「――ヘタクソ!」 「なっ……!」  乱れた呼吸が整うやいなや、「どうだ? これで君も私のことを~」などと、尊大な態度で根拠のない自信を振り撒き始めようとしていたヴィルフリートは、この指摘がよほどショックだったらしい。野性的な美貌を驚愕に歪めて、わなわなと肩を震わせている。  もしかすると、彼の立場的に、これまでは一方的に奉仕されるだけのセックスしか経験がないのかもしれない。顔も身体も完璧な男に、意外な弱点があったものだ。  ――まぁ、それはそれとして。 「…………」  不慣れなヴィルフリート相手に、中途半端に(たか)ぶらされたままの琉斗は、少しだけ迷ってから、自身のペニスに手をかけた。そのまま上下に擦り上げると、慣れた快感が下半身に集まり始める。  驚いた様子で頬を赤らめたヴィルフリートを更に煽るように、琉斗は「やっぱりな」と笑って見せた。 「アンタが経験が少ないってのは、よくわかったよ」 「わ、私のどこが……ッ」  口籠りながらも何とか反論を試みようとするヴィルフリートだったが、エメラルドの瞳は琉斗の股間に釘付けだ。当然ながら声にも覇気がなく、後が続かない。そして、たった今欲望を吐き出したばかりのその分身は、既に力を取り戻し始めている。  ――何だコイツ、やっぱ男に興味あったのかよ。  からかい混じりにそんなことを考えながら、琉斗もまた、強い興奮を感じていた。人の目を意識しながらの自慰がこれほどまでに気分を高揚させるとは、まったく、他人をどうこう言えた義理ではない――ならば。 「! 何を……!」  突然にじり寄った琉斗に、ヴィルフリートはたじろいだ。構わず、向かい合うようにして逞しい膝の上に乗り上げ、左腕を首の後ろに回し、野性的な美貌を引き寄せる。  あー俺コイツの顔すげぇ好きかも、などと考えながら、琉斗はヴィルフリートのペニスに自分のモノを擦り合わせた。 「アァ……ッ!」  セクシーな呻き声を上げて、ヴィルフリートが背筋をしならせる。右手で一緒に扱いてやると、性的に未熟な男はひとたまりもなかった。琉斗の(てのひら)の中で、ヴィルフリートの赤黒いペニスは雄々しく天を突いている。 「セックスは、ふたりで楽しまなきゃ、意味がない、だろ……ッ」  ヴィルフリートの反応に気を良くした琉斗は、そんな風に(うそぶ)いてみせる――が、優位は長くは保てなかった。  されるがままだったヴィルフリートの手が、琉斗の掌ごと包み込み、激しく擦り上げ始めたからだ。 「アアッ! あっ、ああっ……はぁ、んっ、……アア……ッ!」  快感が全身を駆け巡り、琉斗は何かをねだるように腰を揺らめかせる。  どちらのものともわからない先走りが溢れて、ふたりの性器を汚した。  限界が訪れたのは、ほとんど同時だったのだろう。 「アァ……ッ!!」 「――ッ……!!」  先端を擦り合わせたまま、琉斗とヴィルフリートは互いに向けて、多量の精液を吐き出した――。                   ● 「不覚……!」  ソファに突っ伏したヴィルフリートが、呻くように呟く。  程好い空調が、火照った身体に心地良い。  武士か、と突っ込みたくなるのを堪えながら、琉斗は気怠い身体を背凭れに預けて、男の背に流れる美しい赤髪を、見るともなく眺めている。  後悔の理由が、「酔った勢いで男に手を出したこと」であるなら相当に失礼な話ではあるが、どうやらそういうわけでもないらしい。 「――自分だけ楽しむのはマナー違反だぜ?」  試しに言ってやると、わずかな沈黙ののち、ヴィルフリートは小さく「クソッ」と吐き捨てた。この分では、同性と関係を持ったなどという以前の問題――恐らくは、自分が優位に立てるつもりでいたものを、あっさりイカされてしまい、本気で悔しがっているのだろう。  泣く子も黙る世界的大企業のCEO、ヴィルフリート・ハンコックには、見た目の印象よりも、随分子供っぽいところがあるようだ。  ――どこがスパダリだよ……おもしれー奴!  小さく笑ってから、琉斗は気持ちを切り替えるように立ち上がった。元々が住む世界の違う人間であり、多少(ほだ)されることがあったとしても、それまでだ。一度限りの関係なら、後腐れはない方がいい。  しかしその腕を、ヴィルフリートが掴んだ。シャワーを借りるくらいはいいだろうと歩き出しかけていた琉斗は、そのままポスンとソファに逆戻りすることになる。 「――待て」 「何だよ」  戸惑いながらも聞き返すと、ヴィルフリートが顔を上げた。前方を見据えたまま、憮然とした様子で口を開く。 「君が私よりも経験豊富だというのは認める」  突然どうした。表情はともかく、急に素直になった俺様CEOに、琉斗は思わず目を瞬かせた。改まって言われるほどのものでもないし、ヴィルフリートに比べれば、大抵の男はテクニシャンということになるだろう。  可哀想だし、俺は男女問わず優しいから言わないでいてやるけどさ、などと心中で茶化した琉斗だったが、続くヴィルフリートの提案に、素っ頓狂な声を上げてしまう。 「この際だ、私に性技を指南しろ」 「――は!? アンタまだ酔っぱらってんの?」  真意を疑うような琉斗の声音を受けて、ヴィルフリートががばりと身を起こした。何を言うかと思えば――だが、その悔しそうな恥ずかしそうな表情は、可愛らしいと言えなくもない。 「私に弱点などあってはならない」  驚愕に、思わず明後日の方向へ意識を飛ばしかけた琉斗に対し、ヴィルフリートは言いづらそうに続ける。  どうやら彼自身、経験の少なさとかヘタクソ加減が、男としての弱点であるとの認識はあるらしい。図らずも彼の弱味を知るに至った琉斗に、恥を捨てて頼りたいということなのだろう。  それはまぁ、わからないではないが、しかしよりによって、男の自分に、だ。  あまりのことに言葉を失った琉斗を、ヴィルフリートは引き寄せる。 「日本では、『旅の恥は掻き捨て』と言うのだろう?」  日本語の堪能なCEO様は、的確な慣用句を用いて、ふたりの現状を表した。確かに、ヴィルフリートだけでなく、あくまでリゾートバイトでしかない琉斗も、旅行中の身には違いない。旅という非日常の中でなら、少々常識を逸脱しても、許されるのだろうか。  考える間に体勢を入れ替えられ、琉斗はまたしても、ヴィルフリートに組み敷かれていた。 「……まあ、バイトに支障が出ない程度なら……」  何となく了承してしまったのは、間近に迫ったワイルド系イケメンの「圧」に、耐えきれなかったせいだ――たぶん。  「よし」と満足げな笑みを浮かべたヴィルフリートが、琉斗の顎に手を掛けた。初めて目にする彼の満面の笑みには、わずかに少年の色が残っているようにも見える。 「まずは口付けからだ――」  宣言と同時に、唇を塞がれた。やはり、稚拙なキスだ。しかしそれだけに、どこか真摯な色香も感じられる。 (教える方が言うなら、カッコイイのにな)  残念な奴、と思いながらも、琉斗は両手でヴィルフリートの頬を包み、そっと舌を絡めていった。  第1話 END

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