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第6話②

「――なぁ。もう一回、イイだろ?」  琉斗(りゅうと)は甘えるようにヴィルフリートの首にしがみ付いた。  これほど露骨なおねだりをしてみせる気になったのは、脱力した身体を抱き上げられ、お姫様抱っこでベッドルームまで運ばれてしまったから、というだけではない。彼と初めて身体を重ねた場所に戻ってきたことで、より一層ヴィルフリートとの関係にリミットが迫っているような気がして、寂しくなってしまったからだ。  まだ離れたくない。少しでも傍にいたい。  琉斗に引き寄せられるまま、圧し掛かるようにしてベッドになだれ込んだヴィルフリートが、満足げな表情で見下ろしてくる。 「どうした。君が性に貪欲なのは知っていたが、今日は随分と素直なんだな」  嬉しそうではあるが、基本的にはいつものヴィルフリートだ。琉斗の中に、責めるような気持ちが湧き上がって来ても、責められることではなかっただろう。 「だって……お前、気になる女の子がいるんだろ。今まで通りって訳にはいかねぇじゃん」  思い掛けなく拗ねたような口調になってしまったことが恥ずかしい。琉斗はヴィルフリートの視線を避けるように瞳を伏せる。 「……は?」  ヴィルフリートは一転して、胡乱げな表情を作った。だが、俯いた琉斗には、気付けるはずもない。ずっと気に掛かっていたことをボソボソと口にする。 「セイレーンがどうとかって」 「なっ、なぜその話を……!」  琉斗が立ち聞きしてしまったことを知らないヴィルフリートは、目に見えて動揺した。  聞いてしまったことで一層切なさが募って来た琉斗は、ヴィルフリートの様子に気付かないまま訥々と続ける。 「お前、ちゃんとうまくなったし、もう俺は必要ないだろ。その『セイレーンちゃん』も満足してくれるよ、絶対……ッ!?」  急に肩を掴まれて、琉斗はハッと口を噤んだ。見上げたヴィルフリートは眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに頬を赤らめている。 「――誰の話をしている!?」 「え、だって……」 「君以外に誰がいるというんだ!!」 「は!?」  キョトンとして、琉斗は瞳を見開いた。間近で直視した「野性的なイケメン(年下)の赤面」の破壊力に目を奪われそうになりながらも、必死で思考回路を働かせる。 「え、でも、セイレーンってアレだろ、人魚の別名みたいな……男の俺と関係ねーじゃん!」 「……人魚?」  言い募る琉斗に、ヴィルフリートは怪訝そうに切れ長の瞳を瞬かせる。  ややあって、呆れたような溜め息をついた。 「やはり君も、マーメイドとセイレーンを混同しているんだな」 「へ?」  混同と言い切られて、さすがに琉斗も不安になってきた。  そう言われれば確かに、マーメイドは英語だろうが、セイレーンが何語になるのかとは考えたことがない。漫画や小説、映画などでも人魚のように描かれていたため、疑いもせずにそう思い込んでいたが、違うのだろうか?  咄嗟に考え込んだ琉斗を抱き込む様に、ヴィルフリートが体勢を入れ替えた。仰臥する浅黒く逞しい身体に引き寄せられ、陶然としかける意識を何とか繋ぎ止める。 「いいか。両者は本来、まったく別のものだ」  そうして博学なヴィルフリートが語ったところによると――  セイレーンもマーメイドも、海の魔物であることは同じだが、決定的に違うのはその形状である。半身半魚の人魚と違って、セイレーンは女面鳥身。より怪物じみた造形をしており、この時点で既に「美しい女性」の比喩としては相応しくない。  また、セイレーンは船乗りを美しい歌声で惑わせて、海中に引きずり込むとされる。サイレン(警報)の語源ともなったこの話はギリシア神話に由来するものだが、人魚に関しては近代のイメージによるところが大きく、嵐や難破、溺死といったイメージと結び付られることはあっても、そもそもは何を仕出かす生き物なのか、ハッキリとはしていないらしい。  琉斗は衝撃を受けた。 「うっそ、俺が知らなかっただけ? いやいや『セイレーン=人魚』って感じの漫画とかゲームとかいっぱいあるし、たぶん日本人の大半が誤解してるはずだぞ!」 「同じ『海の魔物』としてのイメージに、ライン川のローレライや水の精の伝承などが混ざり合って生まれた取り違えではないかというのが、私の博物学の教師の言い分だったが……」  どうやらこれは、歴史的かつ全世界的な混同でもあるらしい。  博識なヴィルフリートだからこそ本来の意味で用い、今また琉斗の大いなる誤解――「男性を誘惑する美しい女性」は自分では有り得ない、という思い込みにも気付けたのだろう。  ――ああ、確かに。ヴィルフリートと出逢った時、琉斗は海の中にいた。 「え、じゃあ、お前が言ってた『セイレーン』って」  恐る恐る訊ねた琉斗に、ヴィルフリートは再度頬を上気させた。拗ねたような表情が、子供のようで可愛らしい。 「君以外誰がいると、ずっとそう言っているだろう!」  憮然とした様子で吐き捨てられ、琉斗は瞳を瞬かせる。  ――じゃあ、他に好きな女が出来た訳じゃなくて。  弾かれたように、琉斗はガバリと飛び起きた。 「お前、最初から俺のこと好きだったの!?」 「う、煩い! 黙れ!!」  怒ったように声を荒げたヴィルフリートは、それでも、否定はしない。  ということは、おそらくヴィルフリートは、そもそも琉斗の顔が好みだったのだろう。「性技の講師云々」の提案も、成り行きで関係を持ってしまった琉斗を引き止めるための、苦肉の策だったのかもしれない。  経験が少ない上にゲイでもない彼が、アプローチの方法に迷った挙句?  ――可愛い奴!!  何だかとても嬉しくて、琉斗はヴィルフリートの逞しい身体に擦り寄った。 「良かった。じゃあ、俺の勘違いだったんだな」  今の彼が自分を「顔と身体だけの相手」などと思っていないことは明白だ。でなければ、わざわざ苦言など呈してはくれない。  出逢った時、最初に関係を持った時には、こんなことになるなんて思いもしなかった。  素直な琉斗に、調子を取り戻したらしいヴィルフリートが低く笑う。 「まぁ何にせよ、立ち聞きは良くないな。君には相応のが必要だろう」 「!」  ついさっきまで赤面していたくせに、余裕綽々といった様相だ。ガキのくせにスパダリみたいな顔しやがって、という、ちょっとした悔しさも感じないではない。だが、テクニックの上達したヴィルフリートの「お仕置き」を想像して、琉斗の身体は火照り始めた。  左手で琉斗の腰を抱いたまま、ヴィルフリートが自身の分身に右手を伸ばす。半勃ちのモノを殊更ゆっくりと扱き上げる行為に、琉斗に見せ付ける意図があるのは明白だ。彼の思惑通り、琉斗の視線はソコに釘付けになってしまう。 「……ン……」  はっきりとした期待に、琉斗の股間もまた力を持ち始めた。身体の最奥部が疼くのを訴えるように、ヴィルフリートの足に腰を擦り付ける。  キングサイズのベッドに押し倒された。  初めての時と同じ場所、相思相愛を確かめ合った上での初めてのセックスを想像して、琉斗の胸は甘く高鳴る。  両膝を割られ、浴室での行為でしっかりと解れている秘所に、濡れた先端が宛がわれた。  迎え入れるようにアナルがヒクつくのも、待ち侘びたような声が漏れるのも、抑えられない。  分け入られる快感に、琉斗は激しく身悶えた。 「はぁんっ、アア……ッ! ちんぽ入って来たぁ……ッ❤」  もはや我慢など必要ないとばかりに、直接的な言葉で悦びを訴える。刺激を与えてもいない琉斗の股間は、挿入だけで一気に天を突き、いやらしい粘液を溢れさせた。 「まったく、君は……っ、これでは罰にならないだろう……ッ」  憤慨したように、ヴィルフリートが窘める。だが、つれないことを言いながらも、彼のペニスは琉斗の中で、一層大きく、硬くなった。琉斗の卑猥な発言に、彼も興奮しているのは間違いない。  ――カッコ良くて可愛い、俺の年下の恋人。スパダリになり切れないところが、最高に愛おしい。  内部でビクビクと震えながら大きくされる感覚に溺れる間もなく、ヴィルフリートが堰を切ったように、激しく腰を打ち付け始めた。  琉斗も両足を彼の腰に絡ませ、より深い結合を求める。 「アッ、ああッ、ヴィル……スゲ、気持ち、イィ……ッ!」 「リュート……!」  そのままふたりは、指示通りすべての後始末を終えた秘書官がやってくるまで、何度も愛し合った。

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