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第2話 笪也と幸祐(3)
都心に通勤する人で溢れかえるにはまだ少し早い時間、笪也は会社に向かう途中のスクランブル交差点で信号待ちをしていると、背後から声をかけられた。
「おはようございます。成宮さん」
振り向くと、笑顔の幸祐だった。
「あっ…おはよう」
笪也は昨日のオレンジジュースの奴だとわかったが、名前がすぐに出てこなかった。信号が青に変わった時に、砂田だったと思い出した。
「早いね、砂田君」
「はい。不便なところに住んでまして、バスや電車の乗り換え時間の関係でこの時間か始業開始ギリギリのどちらかなんです。成宮さんは、いつも早いですね」
笪也は自分が気付いていないだけで、幸祐に毎朝どこかで見られていたのかと思った。昨日、休憩スペースで話したことで、今朝初めて挨拶をしてくれたことに笪也は少し嬉しくなった。
「そうなんだよ…俺は片付けたい仕事が山積みでね。まぁ電車で20分もかからないとこに住んでるから通勤は楽なんだけど」
その言葉を聞いた幸祐は、心の底から羨ましそうな顔をした。
「20分ですか…そうですよね。通勤って毎日のことですもんね…」
「今一人暮らし?」
「いえ、祖母の家で暮らしてます。大学が郊外にあって祖母の家もたまたま大学の近くだったので、祖母の家で世話になっていて、卒業してもそのまま今もズルズルと、です」
幸祐は照れくさそうに話した。
「たまに、ネットで家を検索するんですけど、都心に近くなるほど家賃も高くなるし…本当に時間とお金、どちらをとるか、ずっと思案中なんです」
「それは、永遠の課題だな。世の中両方持ってる奴もたくさんいるのに…不公平だよな」
「僕からしたら、成宮さんも両方持ってると思いますよ」
「俺がか?社畜だぞ俺は…仕事に見合った給料ももらってるとは思えないし。まぁ朝から文句言っても仕方ないか」
笪也は笑った。幸祐も笪也の開けっ広げな笑いにつられて笑っていた。
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