7 / 96
第2話 笪也と幸祐(6)
「さっき俺が話したのはさ、このビルと駅を繋ぐ地下街ができたらいいのになって言ったんだよ」
会社がある複合ビルのエントランスで傘を閉じながら笪也が言った。
「本当ですね」
幸祐はクスッと笑った。
聞き損ねてしまった笪也の話しを聞くことができ、何よりオレンジジュースの失礼をお詫びすることができた。笪也もそれほど気分を害していなかったこともわかり、そして会社にも着いたことで幸祐の緊張は解けたようだった。
が、それは束の間で、幸祐は傘のお礼を言うと、笪也から思いも寄らない誘いがあった。
「なぁ、砂田。今晩メシ行かないか?今日は名目上のノー残業デーだしな」
幸祐は突然の誘いに一瞬戸惑ったが、自分の失態を優しく気にしてないと言ってくれた先輩からの誘いを断る選択肢はなかった。
「はい。ありがとうございます。是非ご一緒させてください」
幸祐は何時に帰れるか電車の時間を気にしながらの食事は、この先輩に不快な思いをさせてしまうと考え、昼休みにでも近くのビジホを予約しようと思った。
「じゃあ、九時くらいまでだったら、電車とバスで家に帰れる?」
「えっ…あっ、はい。大丈夫です。すいません、お気遣いいただいて」
「それじゃあ、駅の改札前に六時ね。それと、はい、これ」
笪也は幸祐に持っていた傘を渡した。
「俺は、ロッカーにもう一本傘があるから」
そう言って先に行った笪也の右肩がずぶ濡れになっているのを幸祐は見た。幸祐が濡れないように傘を傾けてくれていることに、全く気付いてなかった。
「成宮さんっ」
幸祐は鞄からハンカチを出した。
「あぁ?」
笪也は振り返ると、幸祐は申し訳なさいっぱいの顔で濡れている肩をハンカチで拭こうとしていた。
「その…すいません。気付かなくて…成宮さんこんなに濡れてしまってたなんて」
「大したことないって、これくらい…あっエレベーターが来たぞ」
乗り込んだエレベーターの中で、オレンジジュースに忘れた傘に濡れさせたスーツに今晩の帰る時間の配慮、幸祐はまたことごとく自分の愚かさや気遣いのなさを痛感していた。
笪也がいる営業部のオフィスは幸祐の総務部より下層だった。
「それじゃあ、また後で」
「はい…失礼します」
笪也は先にエレベーターを降りると、振り向き様、幸祐に軽く手を上げて、笑みを見せた。大人の貫禄をみたようで、幸祐は小さく溜息を吐いた。
ともだちにシェアしよう!

