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第3話 ルームシェア(5)
スーパー『キミヤス』の二階倉庫に住むことになった笪也は、パートナーから結婚宣言をされた四日後にマンションを出た。キミちゃんは急ピッチで倉庫のリフォームに取り掛かってくれていたが、それでも完成までに二週間を要した。笪也は大学時代からの親友の河野の家で過ごさせてもらったり、ビジホに泊まったりして二週間をなんとかやり過ごした。
二階の居住スペースは完成したが、シャワーブースだけは間に合わず、完全に仕上がったのは、笪也が住み始めて五日後のことだった。
完成と同時に長年に渡り地域の台所を支えてきた『キミヤス』も閉店を目前にしていた。笪也はキミちゃんに言われた通り、居住している実績と証拠のため住民票をここに移した後、キミちゃんの慰労会をしようと『権兵衛』夫婦に相談をした。
「嬉しいわねぇ…成宮さん。あんたがそんなことをしようとしてくれるなんて。ねぇ、お父さん」
「あぁ、本当だ。若いのにこんな年寄りのためになぁ」
大将も目を細めて言った。
「俺も、こんな場所のいいところで、しかも家賃なしで住めることになって感謝ですよ。大将と女将さんにもリフォームしてもらった倉庫も見てもらいたいし」
「ありがとよ、成宮さん。精々キミちゃんを労ってやろうや」
その一週間後、夜の遅い時間からではあったが、『権兵衛』と『キミヤス』夫婦と笪也の五人で、慰労とお披露目を兼ねて、生まれ変わった倉庫で酒宴を催した。最初は昔話で賑やかにしていたが、酒が進むにつれ次第に湿っぽくなってきた。
「お兄さん、いや成宮さん。あと数年だけどよ、このスーパー『キミヤス』可愛がってくれよな。頼むよ」
キミちゃんの涙がきっかけで、笪也以外みんな啜り泣きを始め、会は早々にお開きになった。
笪也はパートナーの突然の結婚宣言を受け、その後は怒涛の如く月日が過ぎ去った。笪也は過去を振り返るつもりは毛頭なかった。いや、振り返るヒマさえなかった。
キミちゃんの慰労会も終わり、ようやく新しい居場所でホッとできる時間を持つことができた。が、仕事から帰って来て、室内を何度見回しても、一人暮らしには有り余るくらいの広さを実感する。
無理くりに床に開けた穴は、人一人が通れるくらいの大きさで、そこに設置した階段はもはや階段ではなく、梯子に近いものだった。当然その穴以上の大きさの物は運び入れることはできず、家具類は自分で組み立てる物に限り、寝場所には布団を敷いた。
この環境で何をしようか、何ができるかなどと考えながらも、特にしたいことも見つからず、仕事が忙しいからと自分に言い訳をして、無機質な空間の中で月日はあっという間に一年が過ぎようとしていた。
そんな時に突然、笪也の日常に幸祐が現れた。今まで心に掛かる男は年上ばかりだった。年下でしかも会社の後輩、初めての感情だった。この広い空間と衰微しかかった心を埋めてくれるのはコイツしかいないと笪也は思ってしまった。
キミヤスの主人が笪也を好条件と思ったのと同じように、笪也も幸祐はルームシェアの相手としては申し分なかった。
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