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第3話 ルームシェア(8)

 笪也は、まだポカンとしている幸祐の頭の紙テープを取ってやりながら肩に手をやった。 「あぁ、よかった。砂田が来てくれて。今日は朝からドキドキだったよ」  幸祐は笪也のとびきりの笑顔を見た。 「あの…俺、あっ僕は」 「いいよ、俺で」  笪也は、幸祐の信じられないような顔を見ながら優しく言った。 「あの…あの、俺は本当にここに来てもよかったんでしょうか」 「お前、何言ってんの?…俺はお前が来てくれてすっごい嬉しいんだけど…とにかく、中に入れよ」  笪也は幸祐の背中を押して中に入れると扉を閉めた。先に階段を上がると後で幸祐の泣きそうな声を聞いた。 「だって…成宮さんがあんなこと言うから…俺すごく迷って、本当どうしようか迷って…電気は消えてるし…やっぱり来なかったらよかったって思って…荷物を取りにだけ来たら…」  笪也は振り返ると、口を真一文字にして何かを堪えている幸祐を見た。慌てて階段を降りた。 「おい、砂田。来なかったらよかったって…とりあえず上がれよ」  笪也は幸祐の腕を掴んで強引に二階に引き上げた。そして食卓代わりにしているステンレスの調理台の横に置いている丸椅子に幸祐を座らせた。 「お前は俺と一緒にルームシェアをしてもいいと思ってここに来てくれた。それは間違いないよな」  幸祐は黙って頷いた。 「で、どうしてそんな泣きそうな顔をしてるんだ?荷物を取りに来たってどういう意味なんだ?」  笪也は座っている幸祐の前にしゃがんで目線を合わせて、慌てて訊いた。 「成宮さん、昨日OKなら十九時にここに来て、NOなら来ないでいいって」 「あぁ。確かにそう言った。でもそれは、もしお前がルームシェアを断りたかった時に面と向かってだと言い難いだろうと思ってのことだ」 「…俺は、成宮さんが、俺を傷つけないようにルームシェアを断ろうとしたんだ、と思いました…俺はこのまま一緒に暮らせると思っていたから…改めて決めさせたのは、俺から断らせようとしたんだって…でも、ひょっとしてそれは俺の思い違いかもしれないって思ったり、空気も読めないバカと思われるかもしれないけど…でも、成宮さんとルームシェアしたくて、来てみたら二階の電気は消えているし…」 「あぁ、それで荷物を取りに来たって言ったんだ。二階の電気は、俺もさっき帰ってきたばかりでさ、ここで待ってたんだ。砂田が来てくれたら、ちょっと驚かせようと思って、コレを用意してたんだ」  笪也は幸祐の頭から取ったテープを見せた。  笪也は気遣いと簡単なサプライズのつもりでしたことが幸祐に早合点させてしまっていたのに気付いて心苦しくなった。 「砂田ごめん。ややこしいことを言って」  笪也は幸祐の両肩を掴み、その場に立ち上がらせると、もう一度抱きしめた。 「本当にごめん…でも、迷ってもここに来てくれてありがとう…今から改めてよろしくな」  笪也は幸祐の顔を覗き込むように見た。幸祐は嬉しさと恥ずかしさと安堵感がないまぜになった表情をしていた。 「はい…こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」  そう言って顔を上げた幸祐の目にはうっすら涙が滲んでいた。笪也は幸祐の頭をポンポンと叩いて、悪戯っぽく言った。 「でもさ、ひょっとしたら、俺たち思い違いのまま一緒に住めなかった可能性もあったんだ…うへっ、ヤバかったな」  幸祐も、鼻をすすって、本当ですね、と言って笑った。

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