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第4話 天然の幸祐(1)

 お互いの気遣いのし過ぎで危うくルームシェアの話しがなくなるかもしれなかったなと、二人は『権兵衛』で夕飯を食べながら話した。 「でも、断りたいと思うような相手にルームシェアの話しは普通持ちかけないだろ」  笪也は今になって幸祐の遠慮深さを少々呆れるように言った。 「でも、お試し期間中で、イヤになることだってあるかもしれないですよ…」 「俺は人を見る目はあるんだよ」  笪也は幸祐の額を小突いた。  家に帰ると、笪也は正式にルームシェアを始めるにあたってルールを決めようと提案した。 「まぁ、そんな大袈裟なもんじゃないけどな…家賃は無いけど、水道、光熱費は折半。食費とか他の生活費はこれから決めよう。家事は基本当番制で。それと、お互い男だし、生理的欲求もあるだろうから、夜に自分達のスペースで休んでいる時は急用でない限りは12時以降の声かけは控えよう。あと…」  笪也は一旦幸祐の様子を見て、少し照れながら言った。 「あと、ここは会社じゃないから、お互い下の名前で呼ぼう…というか呼びたいんだけど」 「えっ?…下の名前ですか」 「そう。俺は砂田のことは、幸祐と呼ぶ。で、お前は俺のこと」 「あぁ、待ってください…下の名前ですよね…えっと…それは、その敬称なしとか…で?」  笪也は嬉しそうに、頷いた。  幸祐は慌てて、首を大きく横に振った。 「だめか?」 「いえ…その幸祐と呼んでもらうのは構いませんが、成宮さんを笪也と呼ぶのは…せめて笪也さんなら」 「それじゃあ、会社にいる時と同じだろ。さん付けはなし」  幸祐は困ってしまった。笪也と呼ぶのは本当に無理な話しだった。 「俺の大学のツレは、タツって呼んでる。で地元の幼馴染みは、(たっ)ちゃんって…じゃあ、どちらかだな。どっちにする?」  幸祐はさっきまでは優しく接してくれたのに、急に二者択一で強引に決めようとする笪也を軽く睨んだ。 「そんな顔してもだめだ…どっち?」 「…じゃあ…笪ちゃんで」  幸祐は小さな声で言った。 「えっ?聞こえないよ、幸祐君」  幸祐はその時思った。笪也は幼い頃は絶対に意地悪っ子だったと。 「笪ちゃんと呼びます」  幸祐がはっきりとした大きな声で言うと笪也はまた優しい笑顔になった。  笪也が言った男の生理的欲求への対策は健康な男であれば仕方のないことではある。幸祐はそんなに性欲が強いわけではないが、それでも週に一度はしていた。笪也もどれくらいの頻度でするのだろうか、やっぱりそれなりの息遣いとか聞こえるんだろうかと、ルームシェアの現実を感じ始めた。  そして、笪ちゃんと何の気もなく呼べるようになるのはいつのことになるのか、少し気の重いことだった。

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