24 / 96

第5話 ホラー映画と褥(4)

 笪也はその日、一日中幸祐の目の下のクマのことが気になった。  間違いなくあれは寝不足だと思った。まさか怖がらせであそこまでクマができるとも思えなかったが、河野にも呆れられ、自分でも拙劣なことをしていると情け無くなっていた。そして河野に言われたことを思い出していた。  腹を括って告らなくても、まずは一緒に寝てくださいと素直に言うか、今のまま別々に寝て悶々とした気持ちで見守るか、どうするか決め兼ねるのだった。  その夜、いつものように夕飯とシャワーを済ませて、それぞれのスペースで過ごしていた。  日付けも変わり、笪也はそろそろ寝ようかと思った時、幸祐の声がした。 「笪ちゃん、起きてる?」 「あぁ…どうした?」  十二時を過ぎたら、急用でない限りは話しかけはやめようというルールがある。が、幸祐の声は急用という感じではなかった。 「あの…俺さ、鈍感だから、言ってもらわないとわからないんだよね」  幸祐の声は不安そうなか細い声だった。 「何を言うんだ?」 「俺、ここに居ててもいいのかな?出て行った方がいいなら、そう言ってほしいん」  幸祐が言い終わらないうちに、笪也は仕切りのパーティションを押し退けて幸祐の布団の端に仁王立ちになった。  枕を抱えて布団の上に座っていた幸祐は、笪也の突然の登場に目を丸くした。 「幸祐、お前何言ってんの」  笪也は、何を言うかと思えば一人で訳のわからないことを言い出した幸祐に呆れたように言った。  そして幸祐の布団の端を両手で持ち、自分のスペースに幸祐を布団ごと引っ張っていった。幸祐は立ち上がるに立ち上がれず、布団の上に座ったままズルズルと引っ張られ、笪也の布団に横付けにされた。 「…笪ちゃん」  明らかに怒っているような顔の笪也を見て、幸祐は何を言われるのか、不安でいっぱいの表情だった。  笪也は自分の布団の上で胡座をかくと、じっと幸祐の顔を見た。幸祐は怒られた子供のように笪也をチラッと見ては布団のシーツをいじっていた。 「何がどうなって、そんなことを言うんだ?」 「だって…このところ笪ちゃんは俺のこと怖がらせてさ…ここに住まわせてもらってもう一ヵ月以上経つけどさ…本当はもう俺のことがいやになってきて、それとなく俺が出ていくように仕向けてるのかなって…思って…」  幸祐はまだシーツをいじっていた。  笪也は心底後悔した。あんな子供じみたことをしたせいで、幸祐は目の下にクマまで作って、ここに居てもいいのかと悩んでいたんだと思うと、胸が苦しくなった。ごめん、そうじゃないんだ、と今ここで幸祐を抱きしめたい衝動に駆られたが、ゆっくりと息を吸って言った。   「あぁ…まさかお前がそんな風に思ってたなんて思いも寄らなかったよ…お前がさ、映画であんなに怖がるから、つい、やり過ぎてしまった…ごめんな」  笪也はやり過ぎた元々の理由、つまりはまた布団を並べて一緒に寝たいから怖がらせたんだというのは、恥ずかしすぎて言えなかった。 「なぁ、幸祐…俺はお前と一緒に暮らしてから、一日たりとも、お前に出て行ってほしいなんて思ったことはないよ…むしろ、毎日が楽しいくらいなんだ」  不安そうに見つめる幸祐に、少し手を伸ばせば触れることができるのに、と思いながらも笪也はぐっと拳を握った。 「ほんと?…俺ここにいてもいいの?」  笪也は幸祐の目を見て静かに頷いた。 「…あぁ、よかったぁ」   幸祐は大きく息を吐いて、布団の上に突っ伏した。 「当たり前だ。お前、本当に考え過ぎだし、マジで怖がりだし…」  笪也もため息をつくと、幸祐の頭をポンと叩いた。 「俺は、そんな回りくどいことはしない。もし、万が一お前と一緒に暮らせなくなったら、その時はちゃんと話すから…なっ?」 「…うん。わかった」  幸祐は顔を上げて笑顔を見せた。幸祐の横で笪也も寝そべった。そして、言った。 「それと、今夜からここで寝ていいぞ…いやじゃなかったらな」  笪也は極めて平静を装いながら言った。言えるのは今しかないと思った。おおかた断られると思っていたが、幸祐は意外にも嬉しそうに、うん、そうする、とあっさりと言った。  幸祐は縮こまっていた体を、うぅん、と布団の上で伸ばすとそのまま横になった。そして笪也の顔を見て、あのね、と話した。 「あっちのスペースさ、窓がないから朝起きても陽の光があんまり入ってこなくて…笪ちゃんとこは明るいなぁって思ってたんだ…この間ここで寝かせてもらった時さ、朝日のおかげでいつもより早く起きることができたんだよね」  俺の隣で寝たかったわけじゃなかったのか、と笪也はがっかりした。わかってはいたが、こうもはっきりと朝日が羨ましいと言われると、笪也は少し悔しくなってきた。 「あっ、もし夜中に向こうから、変な物音が聞こえたら、俺のこと起こしてもいいぞ」  笪也はニヤついて言った。 「もうっ!そういうのが嫌なんだって」  幸祐は起き上がって寝そべっている笪也の胸元を思いっきり叩いた。 「痛いなぁ…怖がり幸祐」 「もう…笪ちゃんなんか知らない!」  幸祐は笪也に背を向けて、布団を頭まで被った。 「はい、はい。もう言わないから、こっち向けよ」 「やだね。もう寝るから。おやすみ」  子供のように怒っている幸祐に笪也は布団の上からへッドロックを仕掛けた。 「あぁ…もう笪ちゃん、苦しいよ」  布団の下でもがく幸祐にプロレスごっこと思われるよう技をかける振りをして、強く抱きしめた。  笪也は幸祐が愛おしくてたまらなかった。

ともだちにシェアしよう!