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第7話 二人の関係 (1)
三ヶ月に一度の社長臨席の会議が終わると、笪也はやれやれと同じチームの後輩の森川と休憩をした。森川は愚痴った。
「いくら、若手育成の一環だか、社風の改善か知りませんけど、わざわざ社長がくることないと思うんですけど…社長って暇なんですかね」
「おいっ。どこで誰が聞いてるかわからないんだぞ」
森川は肩をすくめた。柔道で学生チャンピオンになった経歴がある森川は、長身の笪也よりも縦にも横にも大きい体躯だが、鈍重さなどまったく感じさせない男だった。
「成宮さん、少し早いですけど飯行きませんか」
「…そうだな、課長の顔見るのも、面倒だしな」
「成宮さんこそ、大概なこと言ってますよ」
「ははっ、違いないな」
三ヶ月に一度のこの会議は、社長の肝いりであった。役職に就いていない主に若手社員が出席し、普段は接する機会などほとんどない社長へ、直接物申すことができる、謂わば若手の為の目安箱的な役割りもしていた。
本来は日頃の業務成果の報告や会社の問題点やその先の展望など若手ならではの視点で話し合うのが目的の会議ではあるが、ひいては上司への改善要求も時には議題に上がることもあり、この会議のお陰で、新人社員の離職は軽減した。
役職者は自分の部下が社長の前で何を言われるかと考えただけでもたまったものではなく、また部下達がしっかりとした業務報告や会社の展望などを伝えることができなければ指導不足とみなされ、ましてや愚痴の一つでも言われようものなら、人事考課にも影響されかねない。
だから、社長肝入り会議の前にそれぞれの課長はじめ役職者は会議の前の会議を開き、社長に何を報告するのか、いやされるのか確認をする必要があった。
が、これもやり過ぎると報告の対象となる可能性もあり、役職者の方が頭の痛い会議には違いなかった。
笪也は瀬田のことが気になった。入社した時から面倒をみていた後輩が、急に額田の下に就くことことになった。
笪也にとっても寝耳に水の話しで、課長にその理由を訊いても納得のいく答えはなかった。
瀬田も、周りからも一癖も二癖もあり鼻摘み者とさえ言われている額田に就くことは、左遷と一緒であると思ったようだった。
笪也にも抗議めいたことを言ってきたが、人事に関しては笪也も口出しはできず、曖昧な言葉を瀬田に伝えるしかなかった。
実際、大手企業ともなれば個人の能力だけではなく社内政治的な動きで、駒扱いされることはある。
今日の社長肝入り会議で、笪也は人事に関しての規範を訊ねようとしていたが、会議開始早々に営業と広報とが新商品の開発や販売戦略などで意見が対立し、それどころではなくなってしまった。
笪也は人事に関しての発言は控えざるを得ず、瀬田も黙って俯いたままだった。
「なぁ、森川、瀬田と最近話したか?」
「いや、何も…。なんか声をかけようにも、いちいち額田さんが睨むっていうか、全く話せる雰囲気でもないですからね」
「そうだよなぁ、同じ営業部でもある意味ライバル関係でもあるしな」
「今度、額田さんの目の前で堂々と飲みに誘いますか」
そう言って、森川は拳を手の平に打ち付けた。森川は頼もしい男だと笪也は思った。
「おいおい、穏やかに頼むよ」
「わかってますって…それより成宮さん、最近なんかいいことあったんですか」
「なんだよ、それ。何もないよ」
「本当っすか?成宮さんの眉間の皺が浅くなったって皆んな言ってますよ」
笪也は思わず目尻が下がりそうになったが、気を持ち直してわざと厳しい顔をして、疑りながらもニヤつく森川に言った。
「そんな人の皺の深さに興味を持つより、もっと会社に有益なことに興味を持て」
笪也はそれ以上は何も言わずに、社員食堂に向かった。森川は悪びれた様子もなく、すいません、と言って笪也の後を追った。
笪也は幸祐に会いたかった。早く家に帰って、ただいまのキスをしたかった。
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