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第7話 二人の関係 (7)

 幸祐の笪也への想いは少し変わり始めていた。  性別問わず、心から好きになったのは、笪也が初めてだった。当然、肌を重ねることで味わえる快楽を教えてくれたのも笪也だった。幸祐は笪也が求めることはすべて受け入れ、想いに応えた。笪也の想いを余すところなく受け入れることが、幸祐の笪也への想いを伝えられる愛の手段と思っていたが、愛を交わしていくうちに、一方的に笪也を受け入れるだけではなく、幸祐からも笪也への愛しい感情を行為で伝えたいと思い始めていた。  その日も、幸祐は笪也に裸にされてほぼ全身に愛撫を受けていた。愛してる人と肌を触れ合わせて抱かれる喜びを感じていた。  笪也が幸祐の股間に手をやった時、幸祐は覆い被さる笪也から体を横にずらした。そして、ねぇ、笪ちゃん、こうして、と言って、笪也の上体を起こすと頭側の壁にもたれさせ、その上に跨った。 「どうしたの?幸祐」  笪也は、どうしたの、と訊きつつ、いつもと違う幸祐の積極的な動きに期待した。 「うん…今日はね」  幸祐は笪也の目を手で塞いで唇を吸った。 「笪ちゃん。お願いだから…目を開けないでね」 「何をされるのかな…閉じているよ」  幸祐は、いつも笪也がしてくれるように、首筋から胸元に舌を這わせて、乳首に吸い付いた。  笪也は黙ったまま胸元の幸祐の頭を掻き撫でた。幸祐の舌は股間の方へ少しずつ下がっていった。  笪也は興奮を隠しきれなかった。笪也のモノは臍辺りを愛撫してくれている幸祐の顎に触れてしまいそうなくらいになっていた。  幸祐は笪也のモノを頬で感じながら下生えあたりに唇を這わせ、笪也の竿を先端に向かって舌で舐め上げていった。そして口の中に入れた。口を窄めながら出してはまた入れてを繰り返した。  目を瞑ったままの笪也は、決して上手いとはいえないが、それでも幸祐が一生懸命にしてくれているのが、たまらなく嬉しかった。  幸祐の口の中に自分の興奮したモノが入っているのを見たかったが、幸祐の言う通りに目を閉じて想像だけに留めた。  幸祐は好きな飴を与えられた子供のように舌全体で笪也の亀頭部をしゃぶり続けた。 「…あっ…はぁ…幸祐、気持ちいい」  股間で行為を続ける幸祐の髪を触りながら、笪也の顔は次第にうっとりとしていた。ため息のような喘ぎ声が幸祐の耳に届いた。 「…う…あぁ…こ…こうすけ」  何故、幸祐は今日はこんなことをしてくれたのか、笪也は思い巡らせていたが、幸祐がくれる快感は、そんなことはもうどうでもいいと、笪也を思わせていった。 「…あぁ…凄くいいよ…こうすけ…もう、いきそうだよ」  笪也は目を開けて幸祐の両頬を手で挟んだ。まだ頬張っている幸祐の口から自分のモノを引き出した。そして自分の手で先っぽを掴むと、眉間に少し皺を寄せ一瞬きつく目を瞑ると、吐息のような声で、こうすけ、と言うと静かに腹の上に吐精した。    幸祐は、初めて笪也がイク瞬間をまじまじと見た。興奮で荒い息遣いになるわけでもなく、甘く切ない声で、こうすけ、と名前を口にし、潤んだ瞳を据えていた。が、その目は目前の幸祐は見えていないかのようだった。  幸祐は胸の奥をぐっと掴まれるような気がした。  確かに、幸祐と言ってくれたが、それは口慣れしている言葉であって、本当は心の中には誰がいたのだろう、笪也は今、射精後の気怠い余韻のなかで誰を想っているのだろう、そして何人の男がこの顔を見て、興奮したのだろうか。幸祐の思いは心の中を巡っていた。今は自分が独り占めしているとわかっていても、幸祐は嫉妬した。笪也の過去の男達に。 「笪ちゃん…俺、嫉妬した」  気怠い笪也は、幸祐が言っている意味がわからなかった。 「何に嫉妬してるんだって?」 「笪ちゃんの顔…イッた時の笪ちゃんの顔、エロくて、切なくて、でもちょっと可愛いくて…見てたら、俺…今は俺だけの笪ちゃんなのに、今まで、誰がこの顔を独り占めしてきたんだろうって想像した。胸が苦しくなった。ねぇ…イッた時、俺のこと、想ってくれてた?」  幸祐は自分が何を言っているのか、自分でもよくわからなかった。初めての感情だった。笪也を自分だけのものにしたい、笪也に支配されたい故の独占欲だった。 「幸祐、お前がそんなことを言うなんて、どうしたんだよ…」  笪也は幸祐の唇を指で摘んだ。 「今日は、急に積極的に俺にしてくれるし…ありがとう、嬉しかったよ」    笪也はティッシュで自分の腹の上を拭き取ると、いつもの顔になっていた。 「いつもさ、お前がイク時の顔って、どんなのかわかる?…凄く可愛くて、食べてしまいたいって毎回思ってるんだよ」 「そう?…じゃあ、俺を食べてよ…俺を笪ちゃんだけのものにしてよ」  幸祐は笪也の胸元にしがみついた。 「ああ、お前は俺だけのモノだ。正直言って、相手を可愛いと思えたのは、幸祐、お前が初めてだよ」 「…本当?…本当にそうなの?」  幸祐は顔を上げて、笪也を見た。 「なぁ…俺の恋愛遍歴、聞きたい?」  幸祐は正直、興味はあったが、聞いたところでまたややこしい感情が湧き起こることを思うと、首を横に振った。 「…いいよ…聞いたら、嫉妬するかもしれないし」 「俺のイク顔見ただけで、もう、嫉妬してるだろ」  笪也はいつもの揶揄い顔で、幸祐の気持ちなどお構い無しで、話し出した。 「以前、俺は捨てられたんだよ…結婚するからって」  幸祐は笪也の口から唐突に出た、捨てられた、という言葉はあまりにも笪也に不釣り合いで、かける言葉がみつからなかった。 「まぁ、捨てられたは大袈裟だけど、それが原因で別れたんだよ。ゲイにはよくある話しだ」  少し投げやりに話す笪也の胸に頬を寄せて、幸祐は言った。 「俺は笪ちゃんを捨てたりなんかしないっ」 「わかってるよ、幸祐…でももし、お前が浮気したら、ただじゃおかないからな」  幸祐は初めて聞いた笪也の凄みを帯びた声に、どういうわけか、うっとりした。そして、好きだ、と言われるより、嬉しかった。

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