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第8話 二人の日常 続き(1)

 時を進めて―今。  笪也と幸祐がルームシェアを始めて、もう二年と数ヶ月が過ぎようとしていた。笪也はともかく、幸祐は当初は先輩社員とのよくあるルームシェアと思っていたが、思いもよらず恋人関係となり、今では毎日甘い生活を送っていた。  そんな時、笪也の元にこの住まいのオーナーである君八洲から連絡があった。立ち退き交渉も無事に終わり、解体工事の日程がほぼ決まったとういことだった。つまり、ここを出ていかなくてはいけないということだ。  君八洲は建物の解体撤去工事はまだ当分先のことだから、ゆっくりと次を探してくれたらいい、と言ってくれた。とはいえ、数ヶ月のうちには明け渡さなければいけない。単身であれば、直ぐにでも適当に探すことはできるが、今は愛しい幸祐がいる。幸祐は引っ越しをどう思うだろうか。  その日の夕食終わりに笪也は幸祐に話した。 「幸祐…君八洲さんからさ、今日の昼休みに携帯に電話があったんだ。ここの解体撤去する日が決まったって」  幸祐は食器を片付けている手を止めた。 「ねぇ…それって、ここを出ていかないといけなくなったってこと…だよね」 「あぁ。当初からここに住めるのは三年くらいってことだから、まぁ予定通りだな」  幸祐は急に不安になった。  元々ルームシェアの話はここに住む相手ということで、笪也は誰かを探していたはずだ、それから深い仲にはなったが、次の住まいも一緒に住むと考えてくれているのだろうか、関係はそのままでも、住まいは別々という選択肢もある、と幸せなこの毎日がこれからどうなってしまうのか、漠然とした不安が心の中に湧き起こった。  笪也はあからさまに不安な表情をした幸祐の傍にいった。 「幸祐…何、考えてんの?」 「…あっ…えっと…その」 「ねぇ、幸祐は俺達の次の家はどんなのにしたい?俺はやっぱり風呂場には浴槽があってさ、寝室にはベッドを入れたいし、それとイチャイチャできるソファーも欲しいなぁ…」 「笪ちゃんって、やっぱりエッチだ」  表情が少し和らいだ幸祐はそう言うと、傍に来た笪也に抱きついた。 「お前…どうして不安そうな顔したんだよ」 「…だって、次に住む家も一緒に住んでもいいのかなって、ちょっと思って…」 「当たり前だ。ここを引っ越ししたら、じゃあ次は別々に住みますなんて思ってたのか?お前はそうしたいのか?」 「違う、違うよ。ずっとずっと笪ちゃんの傍で暮らしたい…一緒にいたい…なんか、ごめんなさい…変な顔しちゃって…でもエッチなこといっぱい言ってくれてありがとう」  幸祐はそう言うと、笪也の胸に顔を押し付けた。 「えぇ?俺はただ家具のことを言っただけだ。エッチなのは幸祐の方だろ…何、想像してんだよ」 「もう…笪ちゃんも想像してたくせに」  夕食の片付けもそのままに、笪也は幸祐を抱き上げると寝室に連れて行った。  夜中、笪也は幸祐の寝返りで目が覚めた。  大きめの笪也の枕に幸祐が気持ちよさそうに寝ている。その顔を見て、笪也は引っ越しの話をした時、急に不安そうにした幸祐のことを思い出した。何故あんな不安そうな顔をしたのか。それでもその後すぐに幸祐はずっと一緒に暮らしたいと言ってくれたが、自分は何の迷いもなく当然のように一緒に暮らすものと思っていた。幸祐にはその思いは伝わっていなかったのだろうか、幸祐の頬を撫でながら思案した。  ゲイと告白したその夜にキスをして、その後は幸祐もゲイである自分を受け入れてくれ、言わばなし崩し的に関係を持つことになった。  考えてみればこの二年少し、ほぼ毎晩互いに口淫や手淫も含め何らかの肉体的な愛を交わしている。  つい数時間前も後孔の交わりを終えたばかりだ。今晩は珍しく幸祐自ら笪也のモノにローションを塗り自分の後孔に導いた。いつもは笪也から求めるのを、今晩のように幸祐から乞うのは思い出せないくらいなかったことだった。  そして終わった後はいつものように、ねぇ、笪ちゃん、と言って唇を尖らせてキスをねだった。幸祐の額に張り付いた髪を撫で上げてから、深いキスをした。唇が離れると、これもいつものように、鼻にかかった甘ったるい声で、笪ちゃん、俺幸せだよ、と言って笪也の胸に顔を埋め、眠りについた。  大好き、愛している、の言葉は愛の行為以外の時も交わしているが、二人の関係性を具体的に話したことはなかった。笪也から付き合ってくださいなどの交際の申し込みもしたこともないし、二人の将来のことを話したこともなかった。もし、笪也がストレートで幸祐が女であれば、世間でいう結婚という選択肢も考えられただろう。  笪也は自分達のこれからのことをもう少し話した方がいい時期にきているのかもしれないと思った。笪也はこの先も、いや一生一緒に寄り添っていく相手は幸祐以外は考えられなかったが、幸祐はどう思っているのか、笪也は幸祐に二人の将来を話してみようと思った。  今晩の幸祐の積極的な愛の行為は、これからも自分を受け入れていくという気持ちの現れであってほしいと笪也は思った。  笪也は幸祐の首の後ろに手を入れて、起こさないようにそっと自分の枕に戻してやった。そして、幸祐の顔をしばらく凝視めた後、迷ったが、少し開いた幸祐の口に唇を重ねた。すぐに離すつもりが、何度も食んでしまい、幸祐を起こしてしまった。  うぅん、と声を出して半分寝ぼけている幸祐は、キスをされているのが分かったようで、笪也のキスを受け入れようと口を開いた。舌を絡ませ合っているうちに幸祐はまた寝てしまった。  笪也は微苦笑した。そして幸祐の頬を撫でた後、目を閉じた。が、すぐには眠れなかった。目を瞑ると、また幸祐の不安そうな顔が瞼に浮かぶ。何故不安そうな顔をしたのかという思いより、今は不安にさせてしまっていたという思いの方が心の中に辛く沁み渡っていく。幸祐は愛されているという自信がなかったのだろうか、笪也は深く息を吐いた。  すると、あっ、と笪也は急に思いついた。言葉や行為以外の愛の証しを贈るのもありだと。幸祐は成宮笪也のものだという印を。  指輪、ペンダント、ブレスレット、腕時計、他に何があるだろうかと考えた。考えあぐねて、そして笪也も眠りに落ちていった。

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