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第8話 二人の日常 続き(4)
銭湯を出る頃には、笪也の裸を見たせいもあり、幸祐の頭の中の騎乗位のイラストは笪也本人に入れ替わっていた。
「なぁ、幸祐。ちょっと腹空いてないか?」
笪也は口数の少なくなった幸祐に声をかけた。きっとまた、上に乗ることを想像しているんだろうと思った。
「…そう言われると」
「コンビニ寄って帰ろうか」
「でも、せっかく歩いたのに…食べたらさ」
「今日は初日だから少しくらい…なっ?…このまま家に帰るとお前は益々無口になりそうだしな」
「ごめん…」
「何、謝ってんだ。なぁ…俺は無理にしようとは思ってないからな。明日も手を繋いで歩こうな」
幸祐は笪也を見て、嬉しそうに頷いた。
コンビニで新発売のインスタントの袋麺を買って家に帰ってきた。笪也が階段を上っていると、後から幸祐が言った。
「あのね、今朝ネットで見たんだよ。その騎乗位っていうの…イラスト付きの解説で色々なのがあった。笪ちゃんはどれがいいのかなんてわからないけど…その…ねぇ、どうしたらいいの?ずっと頭の中でイラストが浮かんでてさ…」
幸祐の必死な言いように笪也は笑い出した。
「幸祐…お前な…どんな想像してんだよっていうか、どんなイラストを見たんだよ…今のお前の頭の中はR指定が必要なのか」
「…だって」
笪也の笑いに幸祐は拗ねた子供のように口を尖らせた。
「いつもと同じだよ。何にも変わらない…キスして抱き合って、気持ちよくなって…今からラーメン作るから、お前も食べるだろ?…幸祐は洗濯機を回しておいてくれ」
笪也はそう言うと、階段を上ろうとした幸祐の手元に着替えが入った袋を落とした。幸祐は、わかった、と言ってシャワーブース横にある洗濯機の蓋を開けた。
「笪ちゃんが作ってくれたラーメンって、なんか美味しい」
幸祐は満足した様子で嬉しそうに言った。
「いつもは、お前に料理は任せっきりだから、たまには俺も作らないとな」
幸祐はスープを飲み終えると笪也をチラッと見て言った。
「ねぇ…それってさ、いつもは夜のことは笪ちゃんに任せっきりだから、たまには俺からもやらないとなっていう意味?」
「はぁ?…お前はラーメン食べながらやることばっかり考えてたのか?」
笪也は呆れ顔で言った。
「違うよ…絶対違うから」
幸祐はムキになった。頬が赤くなるのを感じた。
「まぁ、俺はむしろその方が嬉しいけどね」
笪也はいつものニヤついた顔をしながら、幸祐と自分の食器を流し台に持って行き、洗い始めた。
「なぁ、洗濯もう終わってるだろうから、乾燥機に入れておいくれるか」
幸祐は、はぁい、と言って階段を下りて行った。
梯子のような階段は、最近特にミシミシと軋んだ音がするようになってきた。
幸祐はこの階段を何回上り下りしたんだろうと思った。もうすぐ取り壊されるんだと思うと、急にこの家がなんだか愛しく感じた。
ここで暮らしていくうちに笪也のことが好きになった。ファーストキスをした時のことが頭に浮かんだ。それから色々笪也に教えられた。仕事で嫌なことがあっても抱き合った後はいつも幸せな気持ちになっていた。
さっきまで騎乗位のイラストに翻弄されていたのが、なんだか馬鹿みたいに思えてきた。笪也が言った通り、いつもと同じで、何も変わらない、愛し合うだけ。
幸祐は乾燥機のスイッチを押すと、笪也のいる二階へまた階段を軋ませて上がっていった。
「ほら、電気消すぞ」
笪也はパジャマに着替えている幸祐に声をかけた。
幸祐は丁寧に全てのボタンを留めると、布団の中に入った。笪也は部屋の照明を落とすと、幸祐が点けたスタンドの灯りを頼りに布団に入ってきた。
「おいで、幸祐」
「うん…」
「なぁ、いつもより留めてるボタンの数多くないか?」
幸祐の胸元に手をやった笪也は、一番上まで留められているボタンを触りながら言った。
「…ボタンを外されるの、なんかドキドキして好きなんだよ」
「可愛いこと言って…頭の中は何を想像してるんだか」
幸祐は言い返そうとしたが、笪也に唇を塞がれてしまった。
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