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第8話 二人の日常 続き(6)
ある日の昼休みの休憩室で、森川は溜め息まじりに笪也に言ってきた。
「成宮さん、昨日、瀬田と飲みにいったんですけど…あいつ、だいぶ参ってますよ。額田さんはちょっと酷過ぎますよ」
「そうみたいだな…」
「何を考えてんだか、時代に逆行しているようなことばかり言ってるみたいですよ」
瀬田が入社した時から笪也が面倒をみていたが、二年ほど前に急な人事異動で、額田の下に就くことになった。額田が初めてリーダーとして発足したチームに瀬田が召集された。
最初は笪也は瀬田を心配していた。理不尽なこともあったようだが、瀬田は時には上司である額田にも自分の意見を押し通すくらいの勢いで今まで頑張ってきた。
瀬田を額田の部下に選んだのは、ある意味人事課に慧眼があったと言わざるを得なかった。瀬田以外の人間であれば、すぐに辞めていたかもしれない。現に二年前に発足した額田のチームの当初のメンバーで残っているのは瀬田だけだった。
額田のチームは半年以上前から新しいプロジェクトとして、若者向けのチルドリンクの企画を任されていた。
「成宮さん、正直いってチルドリンクなんていけると思いますか?」
森川は顔をしかめて言った。
「まぁ、そう言うな。上層部の考えていることは俺にも理解できないこともあるが、でも、昔はお茶を販売するなんて、といわれていたのに今はみてみろ、最近は水どころか白湯まで売れる時代だ。スポドリだってそうだ。すぐ先の将来よりもっとずっと先を見据えてないと会社はダメになってしまうんだよ」
「…にしても、チルドリンク作ったから、はいどうぞ飲んでくださいって言っても、今の若い奴らはそうじゃないんですよ。自分達で見つけたいんですよ。何かと何かをどうとかしたら、いい感じになるから、試しってみてって、SNSにアップしてバズりたいんですよ」
笪也は森川の言う通りだと思った。
「瀬田はいいセンスしてると思うんですよ。パッケージをカラビナが付けられるようなパウチ型にするとか、透明なガラスコップのような容器にするとか、映えも狙って見た目からも売り出したいらしいんですけど、額田さんは絶対に缶入りで、しかも250mlのスチール缶一択ですよ」
「それは、対極だな」
「でしょ…あっ、噂をすれば、ですよ」
瀬田が自販機の前で小銭を出そうとしていた。
「おおい。瀬田」
森川が声を掛けた。
瀬田は声のする方を見た。手を上げている森川とその隣で笑み顔の成宮を見つけた。缶コーヒーを買うとすぐに二人の元にやって来た。
「お疲れ様です。森川さん昨日はごちそうさまでした」
森川は、おう、とまた手を上げた。瀬田は笪也の隣に座った。
「瀬田。頑張ってるな。お前の頑張りは色々なところで、俺の耳にも入ってくるよ」
「えぇっ…本当ですか?成宮さんにそう言ってもらえると、俺、すっごい嬉しいです」
瀬田は笪也の優しい励ましを聞いて、満面の笑顔になった。
「チルドリンクって、どう扱っていけばいいのか不安だったんですけど、何となく道筋も見えてきましたし、俺、頑張ります。成宮さん、見ててくださいね」
「あぁ、もちろんだ。俺が育てた後輩がどこまでいくのか、ちゃんと見ているよ」
瀬田は高揚感に包まれているようだった。
「おいおい、瀬田。昨日と全然違うじゃないか」
高揚感に水を差すように、森川が言った。
「昨日は、森川さん俺もうダメっすよ、ってピーピー泣いてたくせに」
「もう…森川さん。昨日のことは忘れてください」
瀬田は森川を睨んだ。
森川は、はいはい、とばかりに肩をすくめて、缶コーヒーを飲み干した。それを見た笪也は森川にも優しい顔で言った。
「俺も、いつも森川には愚痴ばっかり言ってるよな…お前がいてくれて、心強いよ。瀬田も俺もお前を頼りにしてるからな」
「はぁーっ…成宮さんは本当に人たらしだ」
森川は太い眉を眉間に寄せて顰めっ面をしたが、その後は満更でもない表情になった。
「あぁ、成宮さんに頼りにされて、森川さん、喜んでる」
「うるせぇんだよ、お前は。っていうか成宮さんは優しくなりましたよね…ここ最近特に」
笪也は森川の洞察力に感心した。確かに幸祐と暮らすようになってから、些細なことで腹を立てることは少なくなっている。幸祐は笪也の癒やしだった。甘えた声で、笪ちゃん、と言われると、それだけで溜飲を下げることができたのだった。
森川が言う様に、特にここ最近は幸祐との夜の楽しみが増えたことで、その影響なのか物腰が柔らかくなっているのかもしれないと思った。とは言え、正直に話すことなんてできず、誤魔化し過ぎないよう森川に言い返した。
「そうか?…俺も年がいったって言いたいのか?」
「まさか、色々漲っているくせに」
笪也は森川の前でボロが出ないように、休憩を切り上げようとした時、瀬田が誰かを見つけたようだった。
「おおい。砂田、お疲れ」
その言葉を聞いて笪也は、極めて平静を装って振り返ると、ダンボール箱を抱えた幸祐が休憩室に向かってやって来た。
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