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第9話 健康診断(2)
健康診断が終わった後も、二人は夜の散歩は続けていた。手を繋いで、人目を忍んでこっそりキスして、家に帰ると一緒にシャワー。その後は、笪也の云うところの寝床の運動をした。散歩は二人にとって夜の前戯となっていた。
「なぁ、健康診断が終わったら、もっと早く結果がわかればいいのにな…いつも忘れた頃に届くだろ」
笪也は幸祐が淹れてくれた食後のコーヒーを飲みながら言った。それを聞いた幸祐は珍しく呆れた表情をした。
「健康診断が面倒くさいって云う人に限って、結果はまだかって労務課に文句を言ってくるんだよねぇ」
「俺はそこまで言ってないだろうが…」
笪也は口はへの字になった。
幸祐はコーヒーを入れた自分のマグカップを食卓に置くと、食事で座っていた椅子を笪也の隣に引っ付くように置いた。
食事の時は対面で座っているが、以前、笪也が次の住まいに引っ越ししたらイチャイチャできるソファーが欲しいと言った日から、幸祐は食後のコーヒーの時は笪也の隣に椅子を移動させるようになった。笪也はそんなに引っ付きたいんだったら、あっちに行くか?と寝室を指差したが、幸祐は、コーヒーを飲みながらイチャイチャして過ごしたいんだよ、と笪也に甘えた。
それからは、幸祐の椅子移動はいつも通りのことになっていた。その日も笪也の太ももに触れながら椅子に座った。
「ねぇ、笪ちゃん、考えてみてよ。早く結果が欲しいって簡単に言うけどさ、結果なんてそんなすぐに出るわけないでしょ…何百人の検体を検査してその結果と、レントゲン画像や問診や体重や血圧とかの数値とかを複合的に診断して」
「あぁ、わかった、わかった。もう言わない、黙って結果を待つよ」
笪也は幸祐の唇に指を当てて遮った。幸祐は、笪也の指を掴んで、もうっ、と言いかけたが、笪也の唇でまたも遮られた。
「我儘社員がいっぱいいるから、お前は忙しくて大変なんだよな…」
笪也は、よしよしとばかりに幸祐の頭を撫でた。
「結果がどうあれ、ちゃんと散歩は続けるから…な?…今晩はどうする?…夜半過ぎから雨って云ってるけど」
「…笪ちゃんが歩きたいなら、行ってもいいけど…最近さ、笪ちゃんはすぐに俺の口を塞ぐよね…キスしたら黙るって思ってるでしょ」
幸祐は少し不服そうな口調で言った。
「お前が可愛いからキスするんだよ…いいから、行くぞ…ほら、準備しろ」
「そんなに行きたいんだったら、お一人でどうぞ」
笪也は立ち上がると、まだ座っている幸祐に背後からヘッドロックをしながら言った。
「どの口が、一人で行けっていってるんだ?」
「あぁ…もう、ごめんなさい…行くって、行くから」
幸祐は笪也の腕をパタパタと叩いた。
「お前なぁ、帰ってからのシャワーは覚悟しろよ」
幸祐は、もう笪ちゃんのスケベ、と言うと腕をすり抜け、散歩の用の服に着替えた。
散歩をしながらも、二人はいつも次の物件探しをした。良さそうな雰囲気のマンションやアパートがあると、その建物の傍に掲示されている管理会社に連絡をして空き情報などを訊いた。
ネットで調べることもあるが、まだ二人で不動産管理会社へ出向くことはしていなかった。笪也は、普通にしていればいい、と言うが、幸祐は二人の関係を詮索されたらどうしようと、二の足を踏んでいた。
退去まではまだ時間もあるため、笪也は幸祐の気持ちを優先して、まずはゆっくりと散歩がてら探していた。
「もう少し、駅から離れたら手頃なのがあるかなぁ」
「そうだな…今の所は便利だし、この下町感が俺は好きなんだけど、違う駅でも探すってのも考えないとな」
「俺もこの下町感好きだよ…でも、後数年もしないうちに変わるんだろうね…商店街が無くなってさ、マンションとか複合施設とかが、どんどん建っていって…ねぇ、権兵衛はどうなるかな」
「俺が今の所に住むようになった時は、大将は立ち退きとかの話しはしてなかったけどな…まぁ、これも時代の流れだ」
「…笪ちゃん、なんかオジサン臭いよ、今の言い方」
「ふん。そんなオジサンがお前を毎晩喜ばせているんだから、オジサンも捨てたもんじゃないさ」
「そういう事を言うのが、もう」
幸祐はまた笪也に唇を塞がれるかもと、辺りを見回した。
「お前、俺にキスしてほしいから、わざと言ってるな」
幸祐は暗がりの中、笪也の顔ははっきりと見えなかったが、絶対に意地悪くニヤついていると思った。
「今だったら誰もいないから、笪ちゃんがキスしたいんだったら、すれば…?」
「あぁ…止めとく」
「…なんでだよ…したいくせに」
「俺は、素直で可愛い幸祐となら、いつでもどこでもキスをしたいけど、今日はなんか八つ当たりみたいに言ってさ、そんな奴は俺の好みじゃないよ」
幸祐は立ち止まった。
「ごめん…なさい」
幸祐はその場で俯いた。
「今日ね、自分のうっかりで健診受け損ねた人がいてね、病院と再予約の日程を調整をしてたらさ、次の予約はこの日しかだめだとか、自分勝手な事ばっかり言って、挙げ句には、もっとちゃんと仕事ができるように段取りを考えろって、文句言われてね…笪ちゃんが健診の結果の話しをしたら、思い出しちゃって…」
笪也は幸祐の肩に手をやった。
「そっか…まぁ大勢いると、そんな奴もいるよな…で、そういう奴に限って、結構お偉方だったりするんだよな…よしよし、家に帰ったら優しい笪也さんが可哀想な幸祐君をいっぱい慰めてあげるから…」
幸祐は顔を上げた。ありがとうと言おうとしたが、それよりも早く、また笪也に唇を塞がれた。
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