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第9話 健康診断(5)
「本当はね…昨日、わかってたんだ。その結果のこと」
笪也は、だろうな、と思った。幸祐は続けた。
「昨日、労務課の皆んなは先に受け取ってて、で、封筒の中に、見たことがない紙があったから…」
笪也は、幸祐から手渡された封筒の中に入っている二つ折りにされた白い紙を広げた。明朝体でフォントサイズが大きめの文字がすぐに目に入った。至急精密検査を勧めます、とあった。
「…なんか、どうしようって思って…怖くなって…こんな元気なのに俺…でも、もし、すごい病気でさ…入院とかになったら…笪ちゃんと会えなくなったらどうしようとか…色々考えてたら…なんか帰りづらくなって、会社の近くのお店に入って…」
「で、お茶を飲んで、考えてたのか」
幸祐は何も言わずに頷いた。
「でも、ちゃんと言わなきゃ…って思って」
「まだ、病気だって診断もされてないのに…その為に検査するんだろうが。何びびってんだよ、お前は」
「だって、こんなこと初めてなんだよ」
笪也は、検査項目毎にパステルカラーで色分けされた検査数値が記載されている見慣れた用紙も広げて見た。
「なぁ、お前、いつから俺より年上になったんだ?」
「えっ…?」
幸祐は笪也の言う意味がわからなかった。
「これ、お前のじゃないぞ」
笪也は、青紫色で印刷されている数字を指さして、幸祐に見せた。
「あ…」
そして、更に笪也は窓付き封筒から見える箇所にある名前も見せた。
そこには、カタカナで『ヌカダヨウスケ様』と記載されていた。
「あ…えっ?…これ、俺のじゃない。額田さんのだ」
「そうみたいだな…」
幸祐は、安堵した様でもあり、間違えて他人の結果を見てしまった罪悪感で、喜ぶに喜べない感情が入り混じった顔をしていた。
「まぁ確かに、カタカナだと、『スナダコウスケ』と『ヌカダヨウスケ』はパッと見は似てるけど、でも何で間違えるんだ?」
笪也は呆れた。
「昨日の朝一に村中さんが、その場にいた労務課の皆んなに先に手渡ししたんだ」
村中は幸祐より少し年上の女性社員だ。テキパキといつも段取りよく仕事をそつなくこなし、課内でも信頼されていた。
「で、俺もまさか名前が間違ってるなんて思いもしないから、ちゃんと見ずに受け取ってすぐに自分のデスクの引き出しに入れて、昼前に開けてみたら、見たこともない紙が入ってて…精密検査の文字を見たら、なんか血の気が引いて…それ以上怖くて見れなかったんだよ」
「…本当にお前はビビリだな」
笪也は幸祐の頭を強めにクシャっとさせた。幸祐は笪也に抱きついた。
「ああぁん…笪ちゃん。俺、本当に怖かったんだよ」
「はいはい。ったくもう、心配させやがって」
「ごめんなさい…明日一番に、額田さんに渡しに行って謝ってくるよ」
幸祐は涙目になりながら言った。
「ああ…それは止した方がいい」
幸祐は何故とばかりに首を傾げた。
「まずは、その村中さんに間違えて受け取ったことを伝えて、江島課長に報告だ。お前の結果も貰わないといけないし、労務課で額田さんのが無いと騒ぎになってないんだったら、額田さんはまだ取りに来てないわけだし、健診結果がこれだから、慎重に対応した方がいい。個人情報を見てしまったんだから、特に額田さんは注意しないと」
「…でも、早く渡さないと」
「ああ、わかってる。でもお前一人がすいませんって言って済む相手じゃないんだよ」
幸祐は黙った。
「お前一人が悪い訳じゃないんだから、江島さんに間に入ってもらう方がいい。絶対に一人で対応するなよ。労務課全体の問題だからな」
「わかった…」
幸祐はようやくいつもの表情になった。そして笪也の胸に顔を引っ付けた。笪也は幸祐の髪を撫でた。
「お前の結果はまだわからないが、ちょっとホッとしたよ」
「うん。俺も…ごめんね」
「全くだ。この可愛いビビリめ」
笪也は昨日出来なかった分も合わせて、幸祐に深いキスをした。
シャワーの後、寝床の幸祐の喘ぎ声はいつもより激しく大きく家の中で響いている様に笪也は感じた。
心配させたお詫びのつもりなのか、幸祐のフェラから始まり、騎乗位になると、筋肉痛にならないかと思うくらい幸祐の腰振りは激しかった。何度も、笪ちゃん愛してる、と言い、不安から解き放たれたその反動で幸祐は突き動いている様だった。笪也もいつもより興奮の高みに押し上げられた。
幸祐は本当に怖かったんだなと笪也は思った。
腕枕でスヤスヤと眠る幸祐の顔を見ながら、笪也は幸祐が見せた額田の健診結果に納得をしていた。最近のあの痩せ方は、やっぱり病気に違いなかったんだと。
笪也は、瀬田がサブリーダーになることは、まだ正式な決定ではないようだが、これを額田がすんなりと受け入れるはずはないだろうと、そして、今まで、理不尽なことも堪えて頑張ってきた瀬田が、額田の嫌がらせなどで傷つくことなく業務を引き継げればいいのにと、憂慮するのだった。
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