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第12話 別れ(5)
その週末、笪也は出向するにあたり、書類上の手続きで総務部にやってきた。
それに気付いた村中は徳村の袖を引っ張り、お願いします、と言った。徳村は、頷くと、席から立ち上がった。
「成宮君、悪いけど、後で少しだけ」
そう言った。
用を済ませた笪也は穏やかな表情で、どうしました?と二人の元にやってきた。
「ごめんね。村中さんがどうしてもって…廊下に出ていい?」
三人はフロアーを離れた。村中は笪也に向かって頭を下げた。
「成宮さん。この度は私のミスでこんなことになってしまって、本当に申し訳ありませんでした」
笪也は苦笑した。
「村中さん…俺の出向は村中さんのせいではないですよ。ねぇ、徳村さん」
徳村は黙って頷いた。
「だから、もう、謝るのは止して」
村中は、でも、と言いかけた時、内線が入ってると、フロアーに呼び戻された。
笪也は徳村の顔を見て、クスクス笑った。
「なに?…私の顔に何かついているのかしら」
「すいません…だって、徳村さんが、あんな大鉈を振るうなんて…営業部はその話で持ちきりですよ」
「…ったく。どうしてうちの社員はなんでも軽々と話しを広げるのかしらね」
徳村は口をへの字にした。
幸祐が辞表を出した翌日。徳村は午後から半有給の申請をした。江島は、幸祐も有給中だと渋い顔をしたが、徳村は、労働基準監督署で相談したいことがあるから、と淡々と言った。江島は訝しんだが、徳村は続けた。
健康診断の結果は要配慮個人情報として厳重な管理と結果に基づいて就業上の措置も必要だが、本人の同意なしに第三者へ情報を提供することは禁止されている。そのことを徳村は、当然ご存知ですよね、と問いかけた。江島は、黙って頷いた。そして侮蔑するように、いい情報を持っているんだと額田さんの健診結果をどこかの課長にひけらかすのはどうなんでしょうね、と言葉で江島を一刺しした。
村中には内緒にしていたが、徳村は、古参社員同士の繋がりで、江島がしたことを聞き及んでいた。
営業課長の兼松が、自分勝手な行動ばかりする額田に手を焼いていることを江島が知り、その江島がたまたま知り得ることになった額田の健診結果を兼松のところに威張りながら知らせに行ったことを。
加えて、昨日、幸祐が最後の挨拶をしても、江島からはお疲れ様の一言もなかったことにも腹に据えかねて、徳村はかつての後輩である江島に、灸を据えたのだった。
いつの間にか総務部のフロアーは水を打ったように静まり返っていた。すると、総務部長の幡山が血相を変えて徳村の元にやって来た。そして別室へ文字通り連行された。
徳村は幡山から叱責されたが、個人情報を扱う労務社員として上司であっても間違っている時は正すべきだと言い張った。そのせいで社員の一人が懲戒処分を受ける羽目になったことにも言及した。
幡山は仕方なく、社内では他言無用と釘を刺して、徳村に笪也の出向に関して一連の説明をした。
「私はやることをやっただけよ…まぁ、場所を考えずに、ちょっとやり過ぎたかもしれないけど。たまにはいい薬よ」
目の前の徳村は、幸祐から聞いて想像していた人物と、かなりかけ離れていると笪也は思った。徳村の痛快なお仕置きに笪也はまだ笑い顔だった。
「成宮君…あなたが帰ってくる時は、私はもうここにはいないけど…無理しないで体に気を付けてね」
「はい。僕も、僕のやることをやってきますよ」
「そうね…お元気でね」
笪也は、お辞儀をしようとした時、徳村の顔を見て言った。
「徳村さん…今まで幸祐がお世話になりました。あの…もし、ご迷惑でなかったら、これからも、アイツの相談にのってやってもらえませんか」
「ええ…もちろん、そのつもりよ」
徳村は優しく微笑みながら言った。
笪也は安心した表情をした。そして一礼するとその場を立ち去った。
その三日後、笪也は高松フーズへ出向した。
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