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第14話 帰任(2)

「それにしても…出向期間は二年だろ。俺は六月くらいのつもりでいたんだが、予定より二ヶ月以上も早く戻されたのは、あんたの差し金か?」 「まさか。高松の社長が本気でお前を取りにきたんだよ。会長のところに、お前を転籍出向させてくれないかって、言ってきてな」  高松社長は、笪也を正式に高松フーズの社員として迎え入れたかった。ディ・ジャパンが在籍出向から転籍出向に変更すれば、笪也もそれに従うのではないかと考えた。 「あの高松社長も相当な狸だ。会長もさすがにその要求は突っぱねて、慌ててお前を戻したんだよ。高松社長は、約束は二年だとゴネたらしいが、まぁ、工場も順調に稼働し始めてるそうだし、第一、高松が黒字になるにはウチが売れる商品を作らないと、全く意味がない。それにはお前の力が必要不可欠なんだと、高松社長を黙らせたんだよ」  笪也は知らない話しだった。 「高松は形になったが、ウチはこれからが大変だぞ。久々の新事業だからな、企画開発やマーケティングの奴らが色めき立ってるよ」 「それで無駄な権力争いが勃発しないように、あんたが常務になったってわけか」 「まぁ、早く言えばそういうことだ。ウェルネス事業部は俺の直轄になる。お前は早々に課長昇進だ。お前の最初の仕事はチームのメンバー選びだ。既に希望者を募って、ある程度の候補は立てている…あぁ、既に森川は決まってるがな」  唐田は鼻に皺を寄せた。 「新事業発足の正式発表の次の日、俺のところに、お前の下で働かせてほしいって言いに来てな…それから毎日だぞ…あのデカい図体で毎日こられてみろ、根負けするぞ」  その様子が笪也には容易に想像でき、クスリと笑った。 「森川が企画した塩味のお茶だが、案外好評でな、近々『塩茶ソルティ』として発売が決まったんだが、それを全て瀬田に丸投げしてな…なんとしてもお前の下で働きたいらしい。まぁ、そういうわけだから、頼むぞ、笪也」  唐田はソファーにふんぞり返って足を組んだ。 「それと、会長がお前に社長賞を出せと、社長にせっついてるらしい」  今度は笪也が鼻に皺を寄せた。 「やめてくれ。出されたとしても俺は固辞するぞ…この計画の立役者は、役員会をまとめた高崎だ。それと商品化に向けて粉骨砕身している研究員達だ」  唐田は意外そうな顔をした。 「お前がそんなに謙虚な奴だったとは知らなかった。社長に言っとくよ。まぁ高崎は、次の戦略室長になるのは間違いないけどな」  それを聞いた笪也は、計画の決裁が下りた頃、高崎からSNSで送られてきたメッセージを思い出した。  結婚が延期になった。彼女はさっさと、ここを辞めて只今語学留学中だ。お前のせいで、俺の人生設計はガタ崩れだが、経験値は上がった。それは感謝しておく。と、あった。  笪也は話しを終わらせようと、ポンと膝に手をついた。すると唐田は思い出したように言った。 「あぁ、額田がな、来月職場復帰するんだよ」

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