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第15話 もう一度(8)

 幸祐から思いがけない告白を受けた笪也は、気持ちを抑えきれず、幸祐の手を取った。そして、その手をぎゅっと握ったまま、農道を抜けてアパートに向かって歩いた。 「笪ちゃん…誰かに見られたら」 「構わないさ、見られたって。俺の恋人だよって言うさ」  幸祐は、ありがとう、と俯きながら言った。  途中で、笪也は馴染みの食料品店に立ち寄った。昼食を買うつもりだった。 「ここは、ウチの冷蔵庫みたいな店だよ。昼飯、なんか買っていこう。家の中の物はほとんど箱の中に入れてしまったからな」  笪也は、店に入ると、おばちゃん、いつもの弁当二つ、と気軽に声を掛けた。   「笪ちゃん、自分でご飯作ってなかったの?」 「ああ?…忙しかったことにしておいてくれ」  笪也は、ニヤッとした。    笪也が出向元に帰ることを知っていた女性店主からは、淋しくなるわね、と別れを惜しまれた。餞別代わりといって、頼んだ二人分の弁当とお茶をサービスしてくれた。  そして、着いた笪也の家は、一棟に六戸ある二階建ての、昔ながらのアパートだった。笪也の部屋は一階の端だった。 「なかなか、年季の入ったアパートだね」  幸祐は、クスッと笑った。 「何せ、急なことだったからな…ここしか空きがなかったんだよ。その後で勧められた物件もあったんだけど、面倒臭くなってこのままだ」  笪也は玄関扉を開けた。狭い三和土を上がると、そこが台所で、その奥に畳の部屋があり、ダンボール箱が何個か積み重ねられていた。 「俺の家の方が、広いよ…笪ちゃん」  幸祐は、笪也の部屋が予想外過ぎて、哀れむ様な顔をした。 「まぁ、住めば都だ」  笪也は、そう言って、畳部屋に幸祐を座らせると、部屋の窓を開けて、早速弁当を広げた。  開けた窓から、草や土の匂いを含んだ風が入ってきた。   「後は、この荷物を送って、家具や家電はリサイクルショップに引き取りに来てもらって、大家さんに鍵を返して終わりだ」  弁当を食べ終わった笪也は、天井を見ながら大きく伸びをした。そして、幸祐を愛おしい眼差しで見つめた。出向の締めくくりに幸祐と一緒に居られたこと、また心が通じ合えたことを素直に喜んだ。幸祐も、はにかみながら笪也を見つめた。 「ねぇ、笪ちゃん。この荷物ってどこに送るの?」 「とりあえず、河野の家に置いてもらうことになった」  幸祐は、あのさ、と、少し遠慮がちに言った。 「もし…よかったら、その荷物、俺の家で預かるよ」  笪也は、えっ、と言って幸祐の顔を見た。 「店の二階、ここよりは広いしさ…会社からも近いし、どうかなって…」 「いいのか?…助かるよ」 「よかった。じゃあ、後で俺の住所、メモするね」  その時、笪也は意を決した。 「なぁ、幸祐…俺も一緒に預かってくれないか?…その…俺の送り先が、まだ決まってないんだよ」  幸祐の顔がゆっくりと幸せに満ちた表情になった。 「うん…預かる…預かるよ、笪ちゃん。いつでも預かる…本当に預かる…よ」  そう言って、ぎゅっと結ばれた幸祐の口元は震えだし、目から涙がこぼれ落ちそうになっていた。 「ありがとう、幸祐…よろしくな」  幸祐は、うん、と頷くと、膝の上に涙が落ちた。  笪也は、幸祐に高松フーズの野菜工場とこのアパートを見せたら、また幸祐と一緒に帰って、次の住まいを探すつもりだった。が、幸祐の家に住めることになり予定を変更した。 「幸祐。悪いが、帰りは一人で帰ってくれないか?まさか、お前と一緒に住めるなんて思ってもみなかったからさ…俺は今日はこっちに残って、今日中に荷物の送り出しをして、明日の朝イチに高松フーズに、最後の挨拶をしてくる。で、夜までには、お前のもとに帰るよ」 「うん…晩ご飯作って待ってるよ」  幸祐は、笪也にまたご飯を作ってあげることができる、一緒に食卓を囲むことができる、と楽しかったあの頃を思い出し、また涙した。    駅までの帰り道は、来た時と違う道路側の道を通った。高松フーズの社屋と工場の前を通ると、トラックの傍で従業員数人が忙しく動き回っているのが見えた。そこには活気があった。  ホームで電車を待っている時に、笪也は、軽く幸祐の肩を抱いて、束の間の別れを惜しんだ。 「気を付けて帰れよ。明日、着く時間がわかったら連絡するよ」 「わかった。ありがとう笪ちゃん。明日ね」  幸祐は、やって来た電車に乗り込んだ。扉の開閉ボタンは押さずに扉近くで立って見つめ合っていると、他の客がボタンを押して、呆気なく扉が閉まった。二人で苦笑いをしていると、静かに電車が動きだした。    笪也が、電車を見送っていると、後ろから声を掛けられた。 「どなたか、来られてたんですか?」  高松フーズの息子の浩之だった。 「ああ、浩之さん…後輩が手伝いにね。浩之さんも、さっきの電車に?」 「はい。種苗会社へ相談にね…でも、本当に成宮さん、帰ってしまうんですね」  浩之は肩を落として言った。 「会社の命令ですからね」 「親父が勝手に、そちらの会長に成宮さんのことで直談判するって息巻いて…結局、そのせいで成宮さんは早く帰ることになって。親父も何やってるんだか」  浩之は溜息を吐いた。 「その後で、唐田さんに電話で叱咤されましたよ。成宮さんに頼らずに、俺が高松フーズを引っ張っていきなさいって…まぁ、当然の話しなんですけどね」 「でも、種苗会社に相談に行って、先々のこと考えてるじゃないですか」 「せっかく助けてもらったのに…俺の代でダメにできないですからね」  浩之は薄っすらと笑った。 「そうだ。成宮さん…加代子のことどう思います?…アイツ成宮さんが来てから、化粧したり服を気にしたりして、成宮さんのことが気になってるのは目に見えてわかるんですよね」  加代子は高松フーズの長女で、経理を担当していた。まったく洒落っ気もなかったが、髪の色も変えて、決して美人ではないが、誰にでも優しい女性だ。 「お兄さんだからって、そんなこと言ったのバレたら加代子さんに怒られますよ」 「まぁ、成宮さんみたいな人は、恋人の一人や二人はいるんでしょうね」 「ひどいなぁ…一人しかいませんよ」  笪也は、幸祐をまた恋人といえる喜びを噛みしめていた。そして、また明日、改めてご挨拶にうかがいます、と言って、浩之と別れた。

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