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第17話 遂げる(2)
翌日、幸祐は、開店前にやってきた亨に、この先の店への想いや計画を話した。亨にも今まで以上に店に携わってほしいことも伝えた。
「兄貴が、そんな真剣な顔して話すのは、笪也さんのこと以来だね…いいよ、兄貴に任せるし、協力もするよ。但し…そうだな、三年以内に『T&K』の二号店を作って、俺をそこの店長にすること…どう?」
幸祐は、了解、と笑った。
『T&K』の開店と同時に、マリがやって来た。
「おはよう。トオル君…コウスケ君いる?」
「奥にいるけど…もう、マリさんは、兄貴を焚きつけてくれちゃって」
「ははは。コウスケ君ったら、本当にマジな顔するんだもん…はい、これ。昨日話した不動産会社の担当者の名刺ね。それとお節介かなって思ったけど、その担当者に知り合いが出店考えてるって連絡したから、時間がある時にでも、連絡してみて」
幸祐は、早速、昼前のまだ暇な時間に、名刺の担当者に連絡をした。そして、その日の夕方に実際に募集している店舗場所を見に行くことなった。
駅前デッキと直結している二階部分は全て賃貸契約済みであったが、一階の裏通り側の出入り口すぐの場所を案内された。動線も悪くないし、その出入り口を出て直ぐの通りは、笪也と一緒に散歩した疏水端へ続く道だった。
幸祐は、ここだ、と直感した。
その場所を勧めた不動産会社の担当者も、幸祐の様子を見て、これから必要なことを具体的にをお伝えしましょう、と話しを進めた。
ビル内の仮事務所で、まず、契約申込書を渡された。賃貸契約に必要な書類の提出後に信用調査や面談を終えてから、契約の運びになると言われた。と、同時に店舗の構築資金が必要であれば、融資の段取りも考えてくださいと付け加えられた。
マリの一言がきっかけで、幸祐の想いは大きなうねりを起こしていった。
その日の夜、笪也に一連の報告を済ませた幸祐は、笪也に連帯保証人になってほしいと、頭を下げた。バイトの亨では、審査は通らないと分かっていた。
「そんなに頭を下げなくても、最初からそのつもりだよ。俺は応援すると言っただろ?」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
笪也は幸祐の礼儀正しい言い様に、クスッと笑うと、おいで、と幸祐を引き寄せた。
「頑張れよ、幸祐」
幸祐は笪也の腕の中で、うん、と力強く頷いた。
賃貸契約に必要な書類を揃えて、不動産会社に提出した十日後に面談をすることになった。それを聞いたマリは、信用調査は通ったも同然だから、コウスケ君の熱い想いを話してきて、とアドバイスをくれた。
面談で幸祐は、『T&K』のきっかけとなった、定食屋権兵衛の話しをした。大切に守りたい味に更に自分の味も加えて地域の皆さんに届けたいと、自分でも驚くくらい熱く語った。
賃貸申し込みと並行して、店の運転資金の口座がある信用金庫で、融資の相談をした。融資担当者からは、『T&K』は人気の店だし、これだけ明瞭な帳簿を見させてもらうと、おそらく融資は通りますよ、と言ってくれた。
不動産会社から賃貸契約成立の連絡があったその翌日に、信用金庫の融資決裁が下りたと担当者から連絡があった。そして、幸祐は八桁の借入金を抱えることになった。
融資契約の当日、保証人欄の記入のため、笪也は昼から会社を抜けて、信用金庫に出向いた。
二人は窓口横のブースに通された。幸祐は、融資契約書を前にすると、絶対に失敗はできないプレッシャーと、絶対に成功させてみせるという意気込みで、身体が小刻みに震え出した。
「大丈夫だ。俺がついてる」
笪也は、幸祐の耳元でそう言うと、カウンターの下で幸祐の手をぐっと握った。
幸祐は、静かに頷くと、契約書に印鑑を押した。
数日後、幸祐は店の借主の堀に、店の移転と住居としてはもうしばらく借りたい旨を伝えた。堀は、どうせいつかは撤去されるのだから、新店舗に不必要な什器はそのままにしておいていいよ、と言ってくれた。
そして、権兵衛の大将と君八洲にも報告したいことがあると連絡をすると、久々に大将は君八洲を連れて権兵衛にやって来た。椅子とテーブルだけになった少し埃っぽい店の中で、幸祐は、駅前ビルの一階に移転することになったと、二人に伝えた。
まるで孫の頑張りを褒めるように目を細める大将と対照的に、君八洲は、これからも頑張れよ、と言いながらも別のことを考えているようだった。
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