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第17話 遂げる(6)
その夜――。
二人は狂おしいくらい求め合い、愛を交わし合った。いくら求めても交わっても、その想いは満ち足りることはなかった。
笪也の、愛してる、の囁きに包まれながら、幸祐はもっともっと笪也と一つになりたい、溶け合いたいと思えば思うほど、二人の皮膚という境界線を焦ったくもどかしく感じていた。
そして、愛の屹立は夜明け近くまで続いた。
先に目を覚ましたのは、今朝も幸祐だった。一段と気怠い幸せを纏わせ、いつもの様に笪也の朝食の用意をした後、店に下りて開店準備を始めた。
笪也はいつもより早く目が覚めた。布団から出ると居間には行かずに階段を下りた。
「幸祐。おはよう」
いつもなら、笪也は出勤支度を整え、幸祐、おはよう、と階段を下りて、いってきますのキスをするのだが、いつもより早い時間の、おはよう、に幸祐は、作業の手を止めた。
「おはよう…笪ちゃん、もう、起きたの?」
幸祐は、傍に寄ってきた笪也の顔を見ると、笪也も幸祐の顔をじっと見た。数秒後、二人は同時に笑い出した。
「幸祐、それは寝不足の顔だな…お前は色が白いから、クマがハッキリとわかるぞ」
「もう…笪ちゃんもだよ」
「寝不足でも、満ち足りた気分だ」
笪也は、両手が塞がっている幸祐の頬を手のひらで包み込むんだ。
「今日、パートナーシップ制度の申請方法とか調べておくよ」
「うん。ありがとう…でもここの自治体もその制度、導入しているのかな」
「そんなことは、とっくに調べ済みだ」
笪也は、幸祐の鼻をマスクの上から軽く摘むと、二階に戻っていった。
その日中に、笪也は河野に、そして幸祐は亨にパートナーシップの宣誓をすることを伝えた。
駅前ビルの商業施設部分のグランドオープンが迫る中、移転準備の為、一旦今の店を閉めた。幸祐は、創作パン作りに余念が無かったが、権兵衛のハムカツサンドともう一つ、『T&K』の二枚看板にするスパイシーハムカツサンドの味を決め兼ねていた。
「…なぁ、誰かいないのか?…スパイスとかをよく知ってて、アドバイスとかくれそうな人」
晩ご飯中も、考え込む幸祐を見て、笪也は言った。
「…あ、ごめん。あと少し何か加えたいんだけど…アドバイスねぇ…」
幸祐は、味噌汁を口にしたその時、あっ、マスターだ、と声を上げた。
「そうだよ、トッキーのマスターだよ。徳村さんの旦那さん…まだ八時過ぎだからいいよね?電話してくる」
幸祐は引き出しからトッキーのショップカードを出して笪也に渡すと、自分の携帯を持って店に下りていった。
幸祐が電話をした週の日曜日の夕方、マスターは良子を連れ立って既に閉店している『T&K』に、スパイス指南で数種類のスパイス持参で来てくれた。
「マスター、良子さん。お忙しいところありがとうございます」
「いやいや。良子さんが買ってきたハムカツサンドを何度か食べてね、一度来てみたかったんだけど…もう少し早く来るべきだったな」
マスターは、シャッターに貼っている移転のお知らせを見て残念そうに言った。
「まぁ、いいじゃない。新店の開店の時は必ず行きましょうよ」
幸祐は、夫妻に店の作業スペースに入ってもらうと、笪也もそこで二人を出迎えた。
「ご無沙汰してます、徳村さん。今日はありがとうございます」
「あぁ、成宮君じゃないか。ウェルネスのことは、同期の奴らからも聞いてるよ。社長賞を受けた時から君は只者ではないと思ってたよ…まぁ、それにしても相変わらずのイケメンだな、君は」
笪也は、またまた、とクスッと笑った。
「そうそう…駅ビル出店もそうだけど、お二人の将来も、ダブルでおめでとうございます」
良子はそう言うと、鞄から帛紗に包まれたお祝い袋を出して、マスターに手渡した。マスターは頷くと、笪也と幸祐の前に一歩近づいた。
「成宮君、砂田君、おめでとう。気持ちばかりだけど、受け取ってよ」
笪也と幸祐は、驚いて顔を見合わせ、そして笪也が受け取った。
「すいません。お気遣いいただいて…有り難くいただきます」
「ありがとうございます。俺、頑張ります」
マスターと良子は笑顔で頷いた。
じゃあ、早速始めようか、とマスターが声をかけると、突然シャッターが開いて、兄貴、遅れてごめん、と遅まきながら亨もやって来た。
厨房に幸祐とマスターと最後に亨が入っていくと、良子と笪也は何となく蚊帳の外の雰囲気になった。
笪也は丸椅子を持ってきて良子に勧めると、二人で作業スペースで腰を掛けた。
「ねぇ、砂田君から聞いたんだけど…額田さんのお通夜の帰りにプロポーズしたんだって?」
笪也は照れた笑顔で、えぇ、まぁ、と応えた。
「俺たち一緒に暮らし始めてもう六年近くになるんです…途中、離れたこともありましたけど…これから先のことも考えたら、そろそろかなとは思ってたんです…でも、まぁ正直俺も思ってもみなかったですよ、お通夜の後でするなんて」
「でもプロポーズする流れになったのは、額田さんからのお詫びのつもりなのかもよ」
良子はそう言うと、肘で笪也を突いた。笪也は、ですかね、と微笑んだ。
厨房でのスパイス指南は、当分終わりそうもなかった。
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