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第7話 理由

神崎先生が病室に来たのは12時過ぎ。 昼食を持ってきてくれたのでそのまま一緒に食べることになった。 久しぶりに食べた自分以外の誰かが作ってくれた料理は、どこか温もりがあって美味しかった。 食事の途中、時折話しかけられるが当たり障りのないことばかりで昨日と同じく俺の核心に迫るような質問はしてこない。 端から見れば回りくどい行動。 暇潰しの道具を貸してくれたのもその一つ。 「…俺にここまで構う理由って何ですか?」 俺なんかにここまでする必要がどこにあるのだろうか。 「俺のやりたいようにやってるだけだけど、余計なお世話だったか?」 俺の目を真っ直ぐに見て先生は答えた。 その微笑みは嘘をついているようには見えない。少なくとも母親が外に見せていた顔とは違うものだった。 「…そういうわけではないです。…ただ、俺に優しくされる価値はないから。」 「価値を決めたのはお前自身か?」 死に損ねて、病院にまで迷惑をかけた。今のカウンセリングだって本来は他の患者のために使われるべき時間であったのだろう。 「生まれたことを後悔されました。…だから、これ以上生きていたって」 「…確かに、人間はいつか死ぬ。だけどそのいつかは、今じゃない。」 今じゃない、とは 神崎先生の考えていることがよく分からない。 「人の苦しみは当事者にしか分からないことも多い。だから、自分を犠牲にしようとすることは1回辞めろ。 …全てを失うその前に。」 「…全て?」 まるで以前、大切な何かを失ったことがあるかのような口振りだ。 「自分の人生なんだ、自分のために生きてみろ。諦めるのはそれからだって遅くはないぞ。」 真剣な眼差しから放たれる神崎先生の言葉には確かな重みがあった。 「…でも、俺は、」 「世の中は不平等だ。いい奴が報われるとは限らない。カウンセラーってのはそんな理不尽に対抗するための、逃げ道を造る仕事だ。」 「逃げてもいい、俺はここにいてもいいんですか?」 「当たり前だ。」 くしゃりと髪を軽く髪をかき乱される。頭をなでられるなんていつ以来だろう。 「これからよろしくな。凪。」 力強く、優しい手 微かに触れられた手と名前を呼ぶ声は「ここが君の居場所だ」と教えてくれるような、暖かく安心させてくれるものであった。

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