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第8話 兆し
少年、もとい凪と会ってから約一週間が経過しようとしていた。
貧血気味だった栄養状態は改善され、火傷や痣の痕も目立たなくなり少しずつ回復の兆しが見える。
看護士から聞いた報告では「指示したことは守りますし、パニック症状などもまだ起こしていません」とのこと。
所謂『聞き分けのいい子』らしい。
だが、何かを引き金にして、突然フラッシュバックを起こしてしまう可能性は十分にある。
実際、「生まれたことを後悔された」と本人は口にしていた。
俺なりに助言はしてみたが、それが正解であるとは言い切れない。
心の傷は体よりも深く、癒えるのにも時間がかかるのだから。
「院内学級、ですか?」
「もう少ししたら、通うことになると思う。」
俺が今手に持っているのは看護士から渡されたプリント類。
その中の一つに『院内学級のお知らせ』と印刷された紙を見つけた。
院内学級とは、長期の入院により学校に行けない児童のために設置された教室のこと。
病院によっては義務教育のみの場合もあるのだが、幸いここは高校生にも対応している。
主治医が高校の担任に確認を取り、院内学級での単位を認めて貰うことができたので退院後は元の学校に復帰できるそうだ。
「まあ、無理にとは言わないけど」
「…行きたい」
即答、それも行くことを望んでくれた。
「勉強遅れたくないから。」
「分かった。伝えとく。」
年頃の子供にしては珍しく勉強は嫌いじゃないタイプのようだ。
「音楽、好きなのか?」
俺の持ってきたオーディオプレーヤーで音楽を聴いていることが多く、さっきもイヤホンを耳にはめていた。
「…落ち着くんです。これがあるとよく寝れるし。」
流行りの韓流アイドルやバンド系とかではなく、(俺もアイドルの類いには詳しくないけど)歌詞が入っていないクラシックやピアノ曲などをよく聴いているようだ。
「これも聴いてみるか?」
ポケットからスマホを取り出し再生ボタンを押す。
「…かっこいい」
スピーカーから流れるのはスイングが特徴的なジャズミュージック。
適度なテンポがちょうどよくて、デスクワークのお供として俺は活用している。
「いい顔になったな。」
年相応のあどけない表情、初めて凪が笑顔を見せてくれた瞬間だった。
こいつのことをもっと知りたい、不思議とそんな感情が芽生えてくるのと同時に、こんな子供を傷つけた凪の両親に対する憎悪までもが湧いてくる。
(…これが、あいつへの罪滅ぼしだったとしても)
少しでもこの子の力になろう
この日、俺はそう決意した。
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