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第10話 新たな一面
太陽が傾きかけ、西方からオレンジ色の光が差し込む。空が暗くなるのも随分早くなった。
時刻は午後四時半。院内に響き渡るチャイムは患者に一度部屋に戻るよう促すためのもので、五時からは特別な場合を除き、全員の健康チェックが行われることになっている。
小児科病棟5階、エレベーターを降りて目の前の突き当たりに位置する教室。
半透明のスライド式ドアは弱い力でも簡単に開けたり固定したりできるよう、バリアフリーに合わせて設計されていた。
「失礼します。」
「珍しいわね。神崎君がここに来るなんて。」
『橋本』と記されたネームプレートを首から下げた女性は、院内学級の管理担当をしているベテラン職員で俺も研修期間中はよくお世話になったものだ。
「りゅーいち先生だ!」
「何でいるの?」
「ちょっと迎えにな。お前らも部屋に戻る準備しとけよ。」
顔馴染みの子供たちに軽く挨拶を返しつつ、教室の中へと入る。
約40畳の広々とした室内には絨毯が敷かれ、椅子や机は木目調になっていた。
病院という環境上、どうしても殺風景になりがちな空間に少しでも温かみをもたせるための工夫なのかもしれない。
(…凪はどこだ。)
子供達の多くは遊び道具が置かれたプレイスペースに居たが、凪の姿はない。
パーテンションで区切られた奥の方には、自習や読書ができるようなスペースがあるのでおそらくそこに居るはずだ。
(やっぱりここか。…一緒に居るのは葵?)
二人とも終始笑って喋っている。
『市原 葵』喘息を患っていることから入院しているのだが、人見知りな性格で同部屋の子供と遊んだりすることはなく常に一人で何かしていることが多い。
カウンセリングをした際に聞いた話によると、周りと趣味が合わず一人の方が楽だとのこと。
だから、こうして誰かと一緒に話しているのは意外だった。
二人の中で気の合うことでもあったのだろうか。
「神崎先生、今日は来れないと思ってたのに。」
「聞いてなかったのか?帰りは俺が行くことになっ
てたはずなんだけど。」
凪は俺に気がつくと、少し驚いていた顔をした。
確かに今日はまだ顔を合わせてはいなかった。
「二人で何してたんだ?」
「お兄さんが本探すの手伝ってくれて。それに、面白い話してくれた。」
葵が天体に関する本を探していたところに、偶然凪が出くわしその流れで一緒に読書をしていたようだ。
凪は結構面倒見がいいらしく、自分の話を聞いて貰えたのがよほど嬉しかったのか、「また、来てくれる?」とまで言われている。
「偉いじゃん。年下に優しくできて。」
「…別に、大したことじゃないから。」
若干照れくさいのか凪は目を背けている。
もしかしたら、褒められることにあまり慣れていないのかもしれない。
前みたいに素直に笑ってくれた方が可愛いのだけど。
(今度屋上にでも二人を連れて星空観察とかさせてみるか)
すっかり陽が落ち切った空に、一等星が凛と淡い光を放っていた。
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