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第12話 救いの手

「何でもない」 そう言っていなくなった奴を俺はが知っている。 あの日と同じ胸騒ぎ、嫌な予感というのは何故こうも当たってしまうのだろう。 「…熱ですか?なら、休ませてあげた方がいいんじゃ」 「心因性の発熱で大したことはないんだ。 …ただ、精神面が少し不安定でね。」 「おそらく、環境が急激に変わったこたで本人に自覚は無くても体には負担がかかっていたのだろう。」と道中主治医は語った。 昨日凪が言いかけていたのはこのことだったのだろうか。 「凪くん、ちょっと熱測るよ。」 看護師が慣れた手つきで体温計を脇に挟む。 表示された数字は37.3。 確かに微熱と呼べる数字だが、弱々しく漏れるうわ言がそれ以上に俺の胸を締めつけた。 「…もう嫌だ。…来るな。」 「凪、俺だ。わかるか?」 瞼がうっすら開いたのを見て声をかける。 意識を取り戻した凪は俺に気づくとコクリと小さく頷いた。 「一回体起こすぞ。」 背中に手を回し、看護師の指示に従いながら上体を起こしてやる。 「疲れが出ちゃったのかな?今日は無理せず休みなさい。」 「何かあったら、すぐナースコールから呼んでね。」 聴診器で診察をし、カルテに詳細を書き込むと主治医は看護師を連れて退出した。 「あまり大勢がいると寝つけないだろうし、君が傍にいてくれた方が凪くんが安心できるだろうから。」とのことらしい。 ストレスが原因なら、俺でも多少の力添えはできる。 「…あの、もう俺一人で大丈夫なんで、休むか他の仕事でも」 「そう言えば俺を追い払えるとでも思ったか?」 図星だったのか口ごもっている。 遠慮しているのか、はたまた本気で拒絶されているのかは分からないが、前者であることを祈る。 「…俺がいるのは嫌か?」 「…そういう訳ではないです。最近俺の面倒ばっかで他の子のとこ行けてないんじゃ」 「元々そこは調整してもらってる。お前が気にすることじゃない。」 それを聞いた凪は少しホットしたような顔をしていた。 自分のせいで迷惑をかけたなどと考えているのだろう。 「…ちょっと、嫌な夢を見て。」 凪が自らの話を切り出すのは初めてのことだ。 聞き逃さないよう俺は注意深く耳を傾ける。 「…あの時死んでれば皆、幸せだった。役立たずが生きていても無駄だって。」 夢の中で繰り返されたであろう両親からの憎しみや恨みの言葉。 この子が一体何をしたというのか。 「…一回、本気で死のうとした。でも、手が震えて出来なかった。…ここに来てからもずっと人に頼ってばっかで、結局俺は何も変われないんじゃないかって。」 一つ、また一つと凪の目から雫が落ちる。 その姿はあどけない少年そのものだった。   今まで吐き出せなかった本音。 初めの頃に比べれば心を許してくれていると勝手に思っていただけなのかもしれない。 だからこそ、受け止めてやりたい。 「よく踏みとどまれたな。」 何もかも全てを捨ててしまう前に。 手が震えたのは「生きたい」と願った証拠だ。 「…先生に優しくされて嬉しいはずなのに、いつかまた、あの家に戻されると思うと怖くなる。…なんで、なんで俺ばっか。勝手に産んだ癖に。」 いまだ両手で顔を隠そうとしていたが限界のようだ。 目元も頬も涙で随分濡れてしまっている。 「擦ると目腫れんぞ。」 今は泣きたいだけ泣けばいい。 今まで我慢してきた分まで思い切り。 心の奥に隠した苦しみに触れさせてくれるのなら 君をこの手で理不尽から救ってみせる。

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