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第13話 救いの手 2

魘された悪夢に優しく響く俺を呼ぶ声。 それはまるで、深い闇を照らす一筋の光のようだった。 瞼を開けると心配そうに覗き込む神崎先生や看護師が映る。 ピピっと鳴った無機質な電子音の正体は脇に挟まれた体温計だった。 (体が怠くて、暑いのに寒気がする。) 主治医によるとこの不調はストレスや疲れからくる『心因性発熱』というものらしい。 疲れはともかく、ストレスには心当たりがあった。 「…あの、俺はもう一人で大丈夫なので、休むか他の仕事でも…」 「そう言えば俺を追い払えるとでも思ったか?」 診察が終わっても俺に気を遣ってか、神崎先生は傍にいる。 「忙しくないのか」と聞いても「気にするな」と返される。 考えていることを見透かされた気分だ。 カウンセラーは、人一倍こういうのに敏感なのかもしれない。 * * *   夢で起きた事柄を話す。 熱のせいかいつもよりも口下手になってしまっているが、先生は急かすことなく待ってくれた。 「よく踏みとどまったな」 その言葉を合図に感情を抑えていた糸が切れた音がする。 「…なんで、なんで俺ばっか。勝手に産んだ癖に。」 不満を吐いたってどうしようもないはずなのに、一度こみ上げはじめたらもう歯止めが効かなかった。 両手を使って溢れ出る涙をなんとか拭おうとしても、腕をさっと退けられる。 「擦ると目腫れるぞ」 代わりに黒いハンカチがぼやけた視界を覆った。 「…結局何も出来なくて、惨めな自分が一番嫌いだ。」 自分から話を切り出しておいておきながら、言っていることも思考回路もがんじがらめな状態だ。 「言葉にすることでお前が傷つくことがあるかもしれない。それでも、何かは変わる。凪はどうしたい?」 どうしたいかと問われても答えなんて見つからない。 環境が変わっても俺自身がこのままである限り。 「…分からない。」 「なら、俺と探してみないか?誰かの為のいい子なんかじゃない。なりたいお前を。」 俺が心のどこかで求めていた救いの手は今、目の前にある。 掴みたい、進むべき道を教えて欲しい。 「俺は、先生を信じたい。」 少なくともこの気持ちだけは本物だ。 「俺はそこまでご立派な人間じゃねえよ。 …この仕事をしてる根本的な理由は、あいつを助けられなかった弱さを誤魔化したいだけなのかもな。」 「…あいつ?」 「中学の時の親友。…一人よがりに背負い込んで、気づいた時には手の届かないとこまで行っちまった。 俺はもう、不条理に押しつぶされる奴を見たくない。」 寂しそうな目で神崎先生は語る。 『親友』の存在は彼にとって大きかったのだろう。 「話せば長くなるけど」 「構いません。…さっきは俺の話、聞いてもらったんで。」 この人のことがもっと知りたい。好奇心のような不思議な感情が湧き起こった。 大っぴらに泣いたことで逆にスッキリしたかもしれない。 体の怠さも少し抜け落ちていた。

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