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第14話 過去
『一瀬 律』
保育園からの幼馴染で、一言で表すとすれば「善」の文字がよく似合う奴だった。
自分よりも他人を優先し、喧嘩が起これば仲裁に割って入る。
気遣いがやや行き過ぎるところがあったが、そんな律のお節介に俺も助けられていたのは事実だ。
中学に上がって別々のクラスになり部活や塾で忙しいこともあってか会う頻度は減っていたが、休みの日には互いの家でゲームをしたり安いファミレスで飯を食べたり、学生らしい生活をしていたと思う。
「龍一はどこの高校受けるの?」
「北高にした。偏差値考えたらちょうど良さそうだし。」
「…じゃあ、頑張らなきゃな。お前と同じとこ行きたいし。」
中3の夏休みの間だったか。
部活も引退したのに律の体には明らかに怪我が増えていて、金銭を気にしている様子が多く見られた。
あまりにも怪しかったから俺は半ば無理やり問いただすと、一部のクラスメイトから恐喝の被害にあっているとのこと。
「このぐらい何でもねえよ。俺には龍一がいるから。」
そう力強く笑って「一緒の高校がいいな。」なんて言うものだから、俺は大きな勘違いをしてしまう。
入試当日、律が会場に来ることはなかった。
携帯のメールも一向に既読がつかない。
若干上の空な頭をなんとか回し、試験終了と同時に会場を抜けだして走り出す。
家に帰ってすぐ血相を変えた母親から告げられたのは
「…律君が、歩道橋の下で見つかったって。」
* * * *
葬儀中、俺はずっと俯いて前を見れなかった。
目線を上げればもう二度と会えなくなったあいつの顔があるのだから。
「この度はご愁傷様です。」
白々しく挨拶を交わす担任に対し、律の母親は何か言いたそうにしながらも礼を述べていた。
俺が相談を持ち掛けても解決どころか、この教師は虐めの事実すらもみ消そうとしている。
「…ふざけるな。加害者の味方しておいて何がご愁傷様だ!」
母親や自分の担任の制止を振り切って俺は怒りをぶつけた。
助けを求めてもらえなかった自身への八つ当たりもあっただろう。
葬儀の翌日、律の母親が家を訪ねてきた。
遺品整理を手伝ってくれないか、とのこと。
小さい時から何度も遊んだ部屋、幾多の思い出が駆け巡る。
「…すみません。昨日は。」
「むしろ、ありがとうって言わせて。龍一君の話をしてるとね、あの子いつも笑ってたの。
自慢の親友だって。」
律は早くに父親を亡くしており女手一つて育てられた。一番辛いのはこの人だろう。
「これ、受け取ってくれる?」
渡された封筒に入っていたのは手紙。
五枚もあった文面には俺が覚えていない昔の話の思い出から、虐めの詳細まで事細かく綴られていた。
『俺の無茶をいつも止めてくれたのはお前だったよな。
色んな馬鹿やってほんとに楽しかった。
高校も一緒がいいなんて言っちゃったけど俺の成績じゃ多分受からねえと思う。
だから、俺の分まで頑張れよ。部活とか文化祭とかきっと楽しいだろうな。可愛い彼女までいたりしてな。龍一に彼女とか想像できねえけど。
いっぱい迷惑かけてごめん。
あんまり早くこっち来るなよ。それと、母ちゃんによろしくな。
龍一に会えてよかった。
今までありがと。』
最後の一枚は何十回も読み返している内に今や手紙を見なくとも内容を思い出せるようになってしまった。
第一志望の大学に受かって晴れてカウンセラーになっても心に空いた大きな穴は塞がらない。
「俺は先生を信じたい。」
そして今、つい先日まで死を選ぼうとした少年が俺の助けを必要としている。
あいつと同じ道を辿らせたくはない。
だが、本当にそれだけだろうか。
凪に対して抱いている情は患者とカウンセラーで収まるものなのか。
この感情の正体を俺はいずれ知ることになる。
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