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第15話 星の下で

「葵、遅くなって悪い。」 「もう体調は大丈夫なの?」 熱自体は一昨日の夕方には下がっていたのだが、大事をとってもう一日休むことになったので葵に会うのは二日振りになる。心配をかけさせてしまい申し訳ない。 院内学級の教室にはトランプやカルタなどのカードゲーム類からボードゲームまで様々な遊び道具が用意されている。二人用の物はないかと俺は棚の下段に目を向けた。 「どれがいい?」 「じゃあ、将棋で。」 昔から頭を使う遊びは割と好きだ。相手の手を読み、次の動きへと繋げていく。 逆に考えるよりも体が先に動くようなスポーツはあまり得意じゃない。 体育の時間もどちらかといえば隅の方で大人しくしている感じだ。 「あ、詰んだかも。」 葵の王の駒は身動きがとれない状態であり、もし動かせば次の俺の番で取られてしまう。 葵は少し悔しそうにしていたが「次は負けないから」とすぐに高を括った。 その様子を院内学級の管理担当である橋本先生が笑いながら見つめていた。 「葵くん、お迎えが来たよ。」 「またあとでね。」 「ああ。」 一度部屋に戻り夕食を食べてから再び車椅子に乗り込む。 先ほど「また後で」と言ったのはとある約束をしていたからだ。 エレベーターを上がり地上8階の建物の屋上へと出ると夜風が吹き抜けていくのが分かる。 ダウンジャケットを貸して貰ったとはいえ、流石に12月の夜は寒い。 実は神崎先生の誘いで3人で星空の観察をしようということでここまで来ている。 看護師に相談すると「いい息抜きになるんじゃない?」と思っていたよりもあっさり許可が下りた。 「今週末には雪が降るかもって。」 「積もるかな?」 「…電車が止まるのは勘弁だな。」 雪と聞いて若干嬉しそうにする葵とは対照的に俺の車椅子を押す神崎先生は憂鬱そうだった。 東京での積雪は交通機関への影響が大きく帰れなくなるのは流石につらいらしい。 子供にとっては喜ばしい雪も大人から見れば面倒なものへと変わってしまうのか。 「オリオン座の近く、赤く光っているのがベテルギウスだな。」 先生が指で示す方向に視線を向ける。おおいぬ座の「シリウス」こいぬ座の「プロキオン」そしてさっきの「ベテルギウス」と合わせた冬の大三角が見えた。 都会だと街の明かりで3等星ぐらいまでしか見ることが出来ないのだが、望遠鏡を使えばもっと遠くまで見えそうだ。 星をじっくりと観察する機会はあまりなかったのだけど、こうしていると日常から外れた空間にいるような感覚になってきた。 「夜空ってなんか落ち着くだろ?現代人は忙しさからか小さなことに気がつかない。 あえて何もせず、ただ景色を眺める。これが意外とひらめきを生むって言われてんだ。」 神崎先生が星空観察を提案したのはそんな意図があったのか。 先生の過去の話を聞いてから俺としても色々思うところがあった。だけど。彼が俺にしてくれたことは嘘偽りのないものだから今まで通りに接しようと俺は思う。 「体冷えただろ。これでも飲めよ。」 葵と1本ずつ缶に入ったココアが手渡される。猫舌なのか慎重にココア冷ましている葵とブラックコーヒーを飲んでいる先生を尻目に、俺も缶の蓋を開けて一口すする。 口に広がるカカオの香りと甘い味。 何の変哲のない飲み物のはずなのに、いつもよりもずっと美味しく感じられた。

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