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第31話 未来
俺にとって、他者と違うのは当たり前だった。
物心ついた頃には周りとの家庭環境の差異に悩まされてきたから、今更驚くことはない。
「俺は先生を嫌ったりしない。信じてるから。」
(…あれでよかったのか)
咄嗟に口走ってしまったが、振り返ると大袈裟だったと思う。
これではまるで「好き」だと言っているようなものだ。
「ありがとう」
安堵の笑みを浮かべた神崎先生は初めて見た。
誰にでも慕われている人が世間とずれていることなんてあるだろうか。
「大丈夫?」
「…悪い。昨日あんま寝れなかったせいかも。」
昨夜は布団に入っても中々寝付けず、今日は幾度も欠伸をくり返している。
すぐ隣の葵の声にさえ気づけなかった。
もう一つの悩み。
それは、目の前の白紙のプリントにある。
『進路希望調査』
学校から預かってもらったプリント類に入っていて、提出期限は来週だった。
大学か専門学校か、はたまた就職か。
やりたいことの目星がつかないまま日付だけが過ぎていく。
俺がただ凌いできた16年の間に、他の人は自分の進路を決めていたのだ。
小学校時代の将来の夢「大きな会社に入って両親に楽をさせる」だったか。
まるで良い子の代表のような目標、今考えると馬鹿みたいだ。
取り寄せてもらったパンフレットをめくる。
中には各学部の特徴が挿絵つきで載っていた。
文学、工学、理学、国際といった定番の学部からグローバルコミュニケーション、情報科学などの見たこともない学部もある。おそらく、去年や一昨年ぐらいに新設されたのだろう。
(…心理学)
神崎先生の出身はそこだと聞いた。
人の心のメカニズムについて学ぶのだという。
しばらくページをめくっているとある記載に目が止まった。
(…精神科医、か)
精神的な疾患を治療することを目的とした医師。
俺はカウンセラーに恵まれたから今はこうして過ごせているが、あのまま両親の下で生きていたら、きっと心までもが壊れていたのかもしれない。
「…1900万]
「そんなにかかるの!?」
学費の高さに思わず声が上がった。
いかに俺が世間を知らずに生きてきたことがわかる。
問題があるとすれば金銭面。
医学部なら国公立でも500万~600万、私立なら2000万近くはいく。
就学援助や奨学金を受け取れたとしても難しいだろう。
(一応、メモだけでも)
付箋を貼っておきプリントには国公立希望と記入する。
1月末、全国の受験生はもう本番を迎えた頃かもしれない。
2年後の自分が想像出来ないが。
あの人への恩返し
助けてよかったと、もう大丈夫だと伝えたい。
いつか自信をもって隣に立てる人間になれた時
この気持ちを告白してもいいだろうか。
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