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第33話 相思相愛

「分かった。俺の方でも調べとくな。」 タブレットの画面向こう側には担任の広尾先生がいる。 前に送った調査書を基にして、オンラインで進路相談を兼ねた二者面談の最中だ。 「ありがとうございます。」 「医学部なんて立派な目標だな。俺も出来るだけのサポートはするから頼りにしろよ。」 とんとん拍子に面談は進み、寮から通いやすい大学や返済不要の奨学金まで紹介してもらった。 具体的な目標が定まるとモチベーションが高まる気がする。 「面談終わった?」 「さっきな。大学について話してきた。」 自習用にパーテンションで区切られたスペースから、四人掛けの座席に戻る。 葵は百科事典を開き、天体の写真を眺めていた。 『彗星』本体の大きさが数kmから数十kmぐらいの小さな天体。 その成分は約八割が氷。他二割が二酸化炭素などのガス類。 地球で観測されたばかりの頃は厄災、不吉の象徴と捉えられ、1910年の『ハレー彗星』で酸素がなくなるとデマが広がったのは有名な話の一つだ。 「来週、晴れるって亅  「よかった。後は雲がなければいいけど。亅 降水確率からして雨は降らない予報だと伝えると、葵はほっとした様子で本の写真へと目線を下ろした。 青白い尾をまとい、弧を描く天体。今回観測できる星が次に見られるのは、5万年後と言われている。 人類の寿命からすれば途方もない数字だが、億単位の歴史を持つ宇宙の視点から考えれば一瞬と同義なのだろう。 最近、神崎先生が何かに思い詰めた顔をしているのを良く見かける。 気晴らしにでもなればと誘ったところ、二つ返事で了承が得られた。 「初めてだな。凪から誘ってくれたの。」 受け身でしか物事に向き合ってこなかった俺が、自分で考えて行動した。 背中を押してくれたのも全部あの人のおかげだ。 「こういうのをそーしそーあいって言うんだよね?」 「…は?」 小学生特有の覚えたての言葉、発音が微妙だったけど確かに相思相愛と聞き取れた。 「龍一先生が断る訳ないじゃん。」 相思相愛を辞書で引くと「男女が仲睦まじい様子」を指す。 お互いが慕い合い愛し合うという意味がある。 一方的な片想いが恋であるなら、両想いが愛なのか。 職員の人が「どうぞ」とおやつを持って来てくれた。 鈴カステラを口に運ぶとふわふわとした食感とカステラ特有の卵の風味が広がる。 「一応言っとくけど、相思相愛はあくまで男女の話だからな。」 「好きならそれでもいいじゃん。」 あっけらかんとした口調で正論を否定した。 子供は時に大人よりも鋭く物を言う。 純粋だからこそ見える世界があるのだろう。 「楽しみにしてる。」 脳内でくり返しされる声。 悩みの原因が分からなくとも何か力になりたかった。 「雨、止んだ?」 窓の外に目を向ける。 厚い雲の隙間を縫うように日の光がそっと差し込んでいる。 心の中までもが洗われた気分だ。 彗星という名の口実 交錯する想いがやがて明らかとなる。

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