35 / 45

第35話 第三者

「凪の前なら、俺は本当の自分でいられる。」 夜空の下、発せられた言葉。 本当の自分とは、一体どんな人なのか。 「あれから進展あった?」 土曜日の午後、見舞いに来ていた湊が尋ねる。 翔也は地区予選を控えてるだとかで、部活に行っているらしい。 「…何のことだか。」 「とぼけても無駄だよ。その様子だと、あったみたいだね。」 他に誰もいないのが幸いだった。 人の反応を面白がって、質が悪いのにも程がある。 バラしたりするような奴じゃないのは分かっているが。 「これで終わりじゃない。もっと凄い景色に、俺が連れてってやるよ。」 先生との関係はまだ続く。 さりげなく巻かれたマフラーと共に憶えた安堵感。 勘違いかもしれないが、少なくともあの時の朗らかな表情は本物だった。 (…ずるいんだよ。) 俺の余裕の無さなんて知らずに、自然に手を差し伸べる。 感情の浮き沈みに処理が追いつかない。 「…釣り合わねえよ、俺とは。」 自分で言ったのに胸が苦しくなる。 「誰かに言われたから?」 湊からの問に首を横に振って否定する。 あの人に選ばれたがっている女性の数を考えれば、俺を選ぶ確率なんて0に等しい。 「仮に言われたとして、それは一個人の価値観でしかない。好きな人と付き合いたいと思うのは普通だよ。」 「恋愛に確率とか考える方が邪道。」と続ける。 的を得た意見、人望が集まる訳だ。 「凪は何でも我慢出来ちゃうけど、もっと頼ってくれたら嬉しいな。」 「…神崎先生にも言われた。」 「好きな人に必要とされたら、誰だって嬉しくなる。友達としても、…恋人としてもね。」 出来ない事は悪、役に立てないのなら『不要』の烙印を押された人生。 誰かに頼り、背中を預けることでどれだけ楽になったことか。 「面と向かって本音を言える人は少ない。神崎さんは『君だけは特別』なんて言葉を誰彼構わず言って、たぶらかすような人?」 「違う。」 自分でも驚くぐらいの即答だった。 そんな詐欺師の行動をあの人がするはずがない。 「知ってる。もし、悪い大人に凪が騙されそうになったら全力で止める。 友達だから、幸せになって欲しいんだ。」 少々大袈裟すぎる気もするが、嫌な気持ちにはならなかった。 「もっと自信を持て」と湊は伝えたかったのだろう。 「ツンデレもいいけど、たまには素直に甘えてみたら?」 「…別にツンデレじゃねーし。」 「可愛げがないなあ。」 『甘える』 相手に可愛がってもらうためにねだったり、好意に遠慮せずもたれかかること。 素直はともかくこれを実践するのは無理だ。 (…あの人はいつも可愛いって言ってくるし) 「そろそろ帰らないと。恋愛講座はまた来週だね。」 「…続きがあるのかよ。」 子供向け番組の最後のように「またねー。」と言いながら鞄を携え、ドアを開ける。 「…ありがと。」 「お礼は惚気話でいいよ。」 折角、アドバイスに従って素直になってやろうとしたのが間違いだった。 根掘り葉掘りと内情を調査されるのが目に浮かぶ。 「何で二人とも気づかないのかな?両想いなの、バレバレだよ。」 部屋の外で呟かれた声が、俺の耳に届くことはなかった。

ともだちにシェアしよう!