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第42話 決別
立春の候、和らいだ寒さを後押しするような日差し。
湘南新宿ラインに揺られ、東京から地元である大宮まで向かう。
同僚と話し合いの末、手に入れた休日の目的地は霊園だ。
今日は俺が高校の入試を受けた日、そして律の命日でもあった。
(久しぶり…、でもないか)
グレーの御影石の中央は文字の形に浅くくぼんでいる。
没年月日、俗名、年齢。
溢れる文字列は亡くなった人間の情報。
文字列を目で追うと、否応なしに一人の名が視界に入った。
『一瀬家之墓』
一番端に付け加えられた律の名は、彼の父の隣に刻まれている。
「龍一君?」
シンプルなワンピースに身を包んだ女性は律の母親だ。
物腰柔らかな性格とやや垂れ気味の双眸。
息子の活発さはおそらく父親譲りだろう。
「久しぶりですね。」
「毎年来てくれてありがとう。お仕事はどう?」
直接会うのは大学以来、近況については俺の母親から聞いているらしい。
墓石に積もった枯葉を取り除き、水をかけてから雑巾やスポンジで傷つけないように注意して磨く。
手入れが行き届いているからか綺麗になるのは早かった。
菊の花を添え、半紙の上にお供えをする。
手で扇ぎ消した線香の火、立ち昇る煙の行き先はどこなのか。
本来は故人の親族からお参りをするのだが、「龍一君も家族みたいなものだから」と言うので同時にお参りさせてもらった。
「最近、いいことでもあった?」
覚悟が決まった。
怖れる心の霧は晴れ、石に反射する俺の表情には曇りがない。
「そうですね。ウジウジしてるとあいつが怒るんで。」
「あの子、友達の悲しい顔は苦手だったから。私も、出来るだけ楽しかったことを報告するようにしてるの。
寂しい気持ちは変わらないけど、一緒に振り返ってるみたいで安心するわ。」
「今日は龍一君も来てくれたわよ」と小声で呟いて合掌する。
竹林がざわめき、菊の花弁がほろりと落ちた。
(やってやるよ)
次に来る機会には、結果を報告する。
本当は酒でも交わして話がしたい。
叶わぬ望みは今も胸の中にあった。
「次に来たときには、ゆっくりお話しを聞かせてね。それとも、連れて来たい人でもいるのかしら?」
「…まあ、一応。」
口元に手を当てて微笑む律の母は、何かを見透かしたような目をしている。
連れて来たい人というのはもちろん凪だ。
「新しい楽しみが出来たわ。お盆には会えるかしら。」
供えた菓子を片づけ、荷物をまとめてから出口を抜けそれぞれの帰路へ着く。
後ろを向くことはなく、ただ前に進む。
過去と夢の鎖を断ち、決意のままに。
(…この日しか)
勤務時間中はあくまでカウンセラーと患者。
俺達の関係が普通の人間になれるのはそれ以外の時間だけ。
定時退勤と予定表に書かれている日を探す。
退院までのチャンスは限られているのだ。
俺から凪への告白
決行は一週間後
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