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第8話

  セドリックが目を覚ますと、ベッドの中は、もぬけの空で、ハジメの姿はどこにもなかった。 「ハジメ?」  身を起こすと、自分が素裸であることに気がついて、ベッドシーツを体に巻き付ける。 「ハジメ? どこ?」  部屋の中、と言っても、この家にある部屋はここと隣だけだ。  バスルームにも気配はない。  見回せば、昨日ハジメがジェルを取り出したサイドチェストの上にメモが一枚、置いてあった。そこにはフランス語の走り書きで「待ってて」と、一言。  余白にはドリンクボトルの絵と、四角い箱の絵が描いてあり──前面に取手がついているので、どうやらこれはフリーザーのようだ。そしてその横に、今度は英語で「飲んで」と書いてあった。  どうやらハジメは話すことは出来ても、書くことはあまり得意ではないようだ。  喉の渇きを覚えたセドリックは、メモの通りにフリーザーのドアを開ける。  中には半ダースほどのミネラルウォーターのボトルが冷えていた。喉はカラカラだ。声も出せそうにない。  セドリックは一本もらって口をつけると、またベッドへと戻った。 ──こんな遠くまで来ちゃった。  ポスンと、ベッドに腰を下ろす。  寄港地のフロリダで船を降ろされたハジメについて、セドリックも一緒に船を降りた。セドリックにはもちろん観光ビザしかない。ハジメはスマホで誰かとスペイン語で話をして──どうやらフロリダから米国自治連邦区のプエルトリコへの入国経路を教わっていたらしい。  言われた通りに書類を書いて、パスポートにスタンプされて、飛行機に乗って、ハジメのアパートに着いたのが、昨日だ。  昨日。  ささいなことでセドリックが機嫌を損ねて、ハジメにみんなの前で「俺の恋人」宣言をさせてしまった所まで思い出して、一旦記憶をストップさせる。 ──恥ずかしい。  それから、それから。  同じベッドで一夜を明かして、目が覚めたら。 「いない」  セドリックはパタリとベッドに倒れ込む。  待っててというからには戻ってくるのだろう。  どこかで教会の鐘が鳴っている。  鐘に驚いた鳩たちが、バタバタと窓の外を飛び交っていくのが見えた。  昼なのだ。  セドリックがボトルの水を飲み干すと、また、眠気が襲ってくる。  うとうととし始めた時、ガチャガチャと鍵の開く音がして──ハジメが、帰って来たのだった。 「ハジメ! どこ行ってたの??」  飛び来てハジメにかけよると、セドリックはそのまま抱え上げられてキスの嵐を受ける。 「え、どうしたの、ハジメ?」 「仕事! 見つけて来た! 観光ガイド! それとこれ!!」  ハジメはセドリックを下ろすとイージーパンツのポケットから四つにたたんだ書類をとり出して言った。 「セディ結婚しよう! 役所で貰って来た!!」  セディは驚きに目を見開く。 「え? この国でも同性で結婚できるの?」 「もちろんさ! だから連れて帰って来たんじゃないか。ダメだったらフランスへ行くしかなかった。でも向こうには彼がいるから……」  ぎゅうとハジメはセドリックを抱きしめる。 「もう絶対あいつにはやらない」  セドリックはハジメの頭を優しく撫でた。 「うん。僕ももう、戻りたくないな」 「サイン、してもらえるかい?」 「もちろんだよ、ハジメ」  ハジメの頬にキスをすると、恭しく差し出されたしわくちゃの書類を、セドリックもまた恭しく受け取ったのだった。

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