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第6話 ( 手帳 再 )
黒崎は一ノ瀬から預かった書類を持って区役所へ向かうと、証明書を受け取るため待合でしばし待たされた。
待ち時間に黒崎は手帳を拡げると『一ノ瀬とパートナーシップを結ぶ』の項目にDoneの横線を引いて完了とする。
だがそれはノートの巻末ではない。
ウィークリーのToDoリストだ。
──これは、一ノ瀬を守るためだ。
夢や目標ではない、手段だと分かっているので、「おめでとうございます」と差し出された証明書を、黒崎は浮かないままの顔で受け取り、職員を戸惑わせた。
黒崎はとって返して一ノ瀬を連れると、事前に確認しておいたこの制度の患者を受け入れている精神科を訪れる。
ほぼ二週間、夜も昼も寝ていない一ノ瀬はすぐさま入院となった。
◉
一ノ瀬本が孤児となったのは、六歳の冬の日のことだった。
都内に住んでいた一之瀬の家族はその日、車でドライブに出て衝突事故に遭い──前席は両親ごと潰れ、後部シートの一ノ瀬の弟は前席へと飛び出して打ち付けられ──同じく後部シートにいた一ノ瀬は、遊んでシートベルトを締めていたが故に、ただ一人助かった。
一ノ瀬は房総の父方の祖母に引き取られ、そこでもまた心筋梗塞で祖母を亡くし、そのまま千葉県内の養護施設へと引き取られることになった。施設では、十六歳頃までは素行も悪く、一ノ瀬は都内へ戻ろうとし、幾度も脱走しては連れ戻されている。
それが基金を利用して、大学への進学を決めるようになったまでの経緯は、不明、となっていた。
興信所からの報告書を読み終えて、黒崎はカレンダーを覗いた。
一ノ瀬が入院してから一ヶ月。
診断名は「心因反応」だった。
ライフワークとしてずっと子供達を保護してきた一ノ瀬は、自分のせいで少年を死なせてしまった責任の重圧を、一人で背負って潰れてしまったのだ。
これがまだ未遂であったなら「あの子」を助けることが出来たかもしれない。一ノ瀬もここまで潰れたりはしなかったろう。
だが。
──人の死はもう取り返しがつかない。
黒崎は一ノ瀬のマンションに向かうと、黒い4WD車を慣れない手つきで地下駐車場から出す。
今日は一ノ瀬の退院の日だ。
憔悴しきっていた一ノ瀬は最初の二週間、強い薬で強制的に眠らされ、その間、黒崎は荷物を預ける事しか出来なかった。
その後、一ノ瀬の幻覚症状も消え、減薬した睡眠薬での投薬治療に切り替わり、晴れて今日、退院となったのだ。
黒崎がロビーで待っていると、一ノ瀬がボストンバッグを肩から提げて病棟からの通路をやってくるのが見えた。
「一ノ瀬!」
黒崎は思わず声を上げる。
一ノ瀬は黒崎に気がつくと、手を上げた。
黒崎は一ノ瀬の荷物を取って病院の駐車場へ向かう。
「お前は助手席だ」
そう言って助手席のドアを開けて黒崎は一ノ瀬を乗せた。
後部シートに荷物を放り込み、黒崎も運転席へと乗り込む。
シートベルトを締めながら、黒崎は聞いた。
「髭、剃ったのか」
「ふふ。うん。口髭の手入れなんてあそこじゃ出来なかったから、看護師さんが剃ってくれたよ。どうかな?」
「似合ってる」
「そう? ここが寂しいのなんて二十年ぶりだな。口が風邪引きそう」
「それは困るな」
黒崎は笑いながら車を出した。
「年内に出られて良かった」
「ホントだよ、誕生日もクリスマスもお正月も全部吹っ飛ぶんじゃないかって、ひたすら寝かされるかヨガをやらされるばっかりの病室でカレンダー数えちゃった」
「十四日、明日だったな」
「そう、僕もやっと黒崎と同じ五三になります」
「残念だったな、俺はもう五四だ」
「え?」
「俺の誕生日は一一月一一日だからな」
「えー?! ポッキーの日?」
「驚きポイントはそこなのか」
「君と歳が並ぶ期間はないって事か……」
「お前は現役合格だったんだろ? いいことじゃないか」
「ん、うん。そういう基金があってね、あ。僕ね、孤児だったから……」
「知ってる」
「え?」
「すまない。治療に役立てようと思って、入院中にお前の事を興信所に調べさせた」
「ええ? 本人に聞いてよ」
「入院してたろうが」
「そうだけど」
「それに学生時代、お前は一言もそういう話をしなかったから、過去のことはあまり話したくないのだと思っていた」
「君には話しても良かったと思うんだけど、たぶん」
「多分?」
「たぶん、あんまりにも君といた時間が楽しくて、君と会う前のことを、思い出さなかったんだと思う」
「そうか」
そう笑っていたのに。
連れ帰った日の翌日、目を覚ますと、一緒に寝たはずの一ノ瀬の姿が、ベッドから消えていた。
──嫌な予感はしていた。
黒崎は一ノ瀬の荷物を探る。
確認すると、財布も、腕時計も、スマホも、全て昨日のまま居間に残されていた。
けれど、車の鍵がない。
──何処へ行った。
「一ノ瀬……俺じゃ駄目なのか」
思わず呟いた。
黒崎が一ノ瀬と過ごした時間は大学の三年間と、この十ヶ月。
たったそれだけだ。
一ノ瀬について知っていることは、興信所に調べさせたことが全てで。
「違うっ!」
黒崎は自分を怒鳴りつけると、両頬を、てのひらでしたたかに引っぱたいた。
──どうする? 捜索願いの書類を書いて届け出れば、一ノ瀬は精神障害有りで、特異行方不明者扱いになるか? そうすれば捜索はすぐに開始される。ここの管轄の警察署は……。
財布も置いていったと言うことは、一ノ瀬には長く生存する意思がない事を意味している。
──落ち着け。考えろ。
テーブルの上に、一ノ瀬の貴重品は全てそろっていた。
──手がかりは絶対、何処かにあるはずだ。
黒崎は一ノ瀬の財布を開ける、カード類、レシート……すると、指先に何か丸いモノが触れた。小銭、にしてはやたらと丸っこいそれを取り出す。銀色の五〇〇円玉くらいの円盤だ。黒崎は写真に撮ると、ネットで画像検索を掛けた。
「これだな」
どうやらそれは、貴重品紛失防止のタグで、スマートフォンのアプリと連動し、このタグがそのありかを教えてくれる物らしい。
「ここにあってもしょうがないんだよ、一ノ瀬……」
黒崎はタグを握りしめて思わず額を押さえる。
一瞬期待した分、落胆が大きかった。
──いや? 待てよ? 貴重品?
黒崎は、立ち上がると、自分のコートのポケットの中から、一ノ瀬に渡されたスペアキーを取り出した。
車と家の鍵、そしてキーホルダーがひとつぶら下がっている。
レザーで出来た丸いキーホルダーは、車のエンブレムが刻印されているという訳でもなく、黒崎がくるりとひっくり返すと。
「ははっ」
そこには銀色に輝く丸い円盤が、すっぽりと収まっていた。
──同じ物が、一ノ瀬のキーにもついていた。
黒崎は一ノ瀬のスマートフォンをひったくると、いつかの番号でロックを解除する。
008215
──そうだ、俺にだって、一ノ瀬の知っていることはある。
立ち上がったスマートフォンを探ってアプリを見つけ出した。
──あった。
一ノ瀬は。
どうやら房総へと向かっているようだった
レンタカーを借りて黒崎は、一ノ瀬のスマホを見ながら後を追う。
──一ノ瀬の車にETC機器は着いていていたが、クレジットカードは毎回抜いていた。
と言うことはつまり、財布を持たない一ノ瀬の車は有料道路を使えないと言うことだ。
──海ほたるを通れば追いつけるはずだ。
黒崎はアクセルを踏み込んだ。
◉
一二月の中旬。
房総にある某海浜公園はクリスマス前の休日、沢山の家族連れがグランピングに訪れ賑わっていた。
雄大な崖が続く眺望は見事で、冬特有の高い青空が続いている。
──着いた!
黒崎はスマホを握って車を降りる。
一ノ瀬のタグは、アプリではこの駐車場で停止しており、一ノ瀬の車を見つけた黒崎が中を覗き込むと、キーだけが車の中に放置されていた。
──もう園内か。
黒崎は設置された公園のマップを見上げて、まずは外周の崖沿いを回ろうと駆け始める。
第一展望には姿が無かった。
続けて第二展望台へ向かうと──崖を見下ろすログテーブルのひとつに、パジャマにカーディガンを引っ掛けただけの一ノ瀬が、缶コーヒーを片手に座って海を眺めていた。
「一ノ瀬……」
後ろから回り込んで、一ノ瀬の両肩を掴むと、黒崎はそっと声を掛ける。
「…………あ、そうか」
一ノ瀬は海を見たまま呟いた。
「バカだなあ。全部置いてきたつもりだったのに、キーホルダーのタグ、存在を忘れてた」
「最初、なんだか分からなくて、ネットで全部調べた。便利なものだな、あれは」
「あはははスマホ苦手な君が使いこなせるとは思はなかったな」
「帰るぞ、一ノ瀬」
「もうちょっと」
黒崎は黙ってコートを脱ぐと、一ノ瀬の肩に掛けて、隣へ腰を下ろした。
一ノ瀬の腕を取り片手は繋いだままだ。
「飛び降りるつもりだったのか」
「うん」
「どうして」
「どうして?」
一ノ瀬は海を見ている。
海を見ているその瞳は見開かれたまま、涙が静かに伝い流れている。
「ここにね、来るはずだったんだ。六歳の時。僕の誕生日が近くて、ここに来ている人たちみたいに、やっぱり家族でバーベキューをしようってなって、軽自動車にぎゅうぎゅうに荷物詰め込んでさ。僕が海に行きたいって言わなければ、事故は起きなかった」
「その考え方が間違っていると俺に教えたのはお前だぞ」
「そうだね。そうなんだけど、あの時、僕も弟みたいにシートベルトなんてしてなければ、僕も一緒に逝けて、あの子も別の誰かと巡り会って、死なずに助かったのかも知れないなって……」
「一ノ瀬、仮定の話で自分を責めるな」
「だって! 助けるようなことを言っておいて僕は結局!」
一ノ瀬は黒崎をこの世の全てであるかのように睨みつけたが、すぐに。
くしゃりと顔を崩して、一ノ瀬は泣き顔になった。
「結局、自分からは『助けて』と言うことの出来ないあの子を! ……あの子を、闇の中に置き去りにして、孤独と絶望の中で死なせてしまったんだ!」
黒崎は、一ノ瀬を抱き寄せると、冷え切った髪に唇を寄せて、頭ごと抱え込む。
「僕はその時、何してた?」
「一ノ瀬、人は誰だって幸せになる権利がある」
「そうだよ! だから僕は……ッ!」
「お前もだ! 一ノ瀬!」
黒崎は、一ノ瀬を抱きかかえたまま放さない。
「だからそれは、お前もなんだよ」
抱え込んだ一ノ瀬の頭の上で、黒崎は語りかけた。
「お前が今までやってきた事、それは俺は知らない。お前が今まで更正させてきた子供の数、それも俺は知らない。どうしてお前がこんな風になったのかも、俺はまるで知らない!」
「…………」
「俺はお前の過去だって知らなかったし、家族構成も出身も知らなかった! だがそんな俺だって知っていることはある!」
「……何を」
「お前は困っているやつを見かけたら、手を差し伸ばさずにはおれない、どうしようもないお節介焼きだって事をだ!」
「そんなこと……」
「あるだろ?! なあ一ノ瀬、それをもうやめるのか? 人ひとり死なせてしまって、だからもうしません、自分も死にます、って、それはその死を無駄にするようなものじゃないのか一ノ瀬?!」
「でも、もう僕には遣り果せる自信が無い!」
一ノ瀬は黒崎の胸板に手を突くと、顔を上げた。
「自信が無いんだ、黒崎……」
「俺もやる」
「な……にを?」
黒崎は一ノ瀬の問いに、その顔を覗き込みながら答える。
「お前と同じ事を。俺は光の力で」
「黒崎……」
一ノ瀬をもう一度抱きしめて、黒崎は言った。
「俺も一緒にやる」
一ノ瀬は、黒崎の耳元に、ありがとう、と囁いて、そのまま──くちづけた。
「一ノ瀬、行こう」
冷え切った体を二人寄せ合うと、立ち上がり駐車場へと向かって歩き出す。
「そういや、その缶コーヒーはどうしたんだ? お前、金なんて持ってなかったろう?」
「ああ、これ?」
一ノ瀬は笑って、手の中の缶を見せる。
「僕の命の恩人」
「恩人?」
「僕が飛び降りようとあそこに佇んで、人が切れるのを待ってたら、僕のことが寒そうに見えたらしい家族連れがいてね。弟を連れた女の子が、お母さんに言って、一本僕に持ってきてくれたんだ」
缶のプルは引いてあり、既に空き缶のようだ。
「僕が飲み始めるまで、姉弟は動いてくれなくて、大慌てで飲んだよ、この缶コーヒー。そしたらさ、温かい塊がごくごく喉を通り過ぎてく内に、だんだん気持ちが落ち着いてきて。僕、あそこに座り込んじゃったんだ」
「それで俺は間に合ったのか」
「うん、あのままだったら、僕、絶対飛び降りてた」
「その家族、探し出せないか?」
「どうだろう、似たような家族連れはいっぱいだし、正直僕もよく覚えてない」
「そうか」
「だから、次に真冬の崖でパジャマのまま立ちすくんでる人を見つけたら、僕も同じ事をしようと思う」
駐車場に着くと、一ノ瀬の車は車内に鍵を残したままロックされており──一ノ瀬がわざと鍵閉じ込みにしたのだ──JAFを待つ間ふたりは、黒崎のレンタカーに乗り込む。
「今暖房を入れる」
黒崎は一ノ瀬にスマートフォンを返却しながら、一ノ瀬の凍えた手をさすった。
「僕ね、人から缶コーヒー貰ったの実は二回目なんだ」
「二回目?」
「子供の頃、養護施設が嫌で、僕何遍も飛び出して、東京の家に帰ろうとしたんだ。そのたんびに掴まって。でも一六の時は上手く逃げおおせて──ふふ、僕もね、自分を売ったの。僕、子供の頃、女の子みたいだったから、夜、駅前にいたらサラリーマンの何人かに声を掛けられて、お金になるならいいやって、ついて行って。だけどホテルで怖くなって、向こうがお風呂してる間に、僕、逃げちゃった。それで、都内の公園で、夜明かしをして。あれもやっぱり冬のことで……そしたら、公園の横の道路を工事してたおじさん達がさ、休憩時間に、ボウズ、寒いだろって、缶コーヒーを分けてくれたんだ」
「それで?」
「こんな夜中にどうした、受験でも失敗したかって笑われて。違うって言ったら、そうか、そんな世界が終わったような顔をしてボウズ、世の中をどうにかしたいって思ってんなら、まずは金を持てるようになんな。って言うから、孤児だった僕はそれを痛感して、じゃあどうやったら金持ちになれるのさって、聞いたら、そうだなあ、今時なら弁護士先生だなあ。ボウズ、弁護士は勉強すればなれるぞって、それで僕は──」
「一ノ瀬」
「え、何?」
「俺と結婚しよう」
「待って、今の話の何処にその要素があったの?」
「アメリカに帰化して、同性婚が認められる州で結婚して、アメリカ国籍のまま、日本に帰ってくれば良い」
「何言ってるの?」
一ノ瀬は話の展開について行けない。
黒崎はしれっと答えた。
「例えばの話だ」
「ねえまさかと思うけど、今の話で妬いたんじゃあ」
「うるさい」
「黒崎、可愛いね」
──可愛い?
言われて黒崎は首を捻る。
──それは、お前のことだろうが、一ノ瀬。
コンコン、と窓をノックする音にふたりは顔を上げた。
どうやらJAFが到着したようだ。
◉
公園から最寄りのレンタカー店に車を返すと、黒崎は一ノ瀬の運転する黒の4WD車に乗り込んだ。
マンションに着いたふたりは、まだ朝食を取っていなかったことに気がつき、午後三時に遅めのブランチをとることにする。
一ノ瀬は手早くチーズトーストと、トマトのミルクスープを作って、居間に運んだ。
「冷蔵庫に食べ物が入ってた」
「ああ。お前が帰ってくると思ったから、整理して入れておいたんだ」
「やれば出来るんだから、自分の家の冷蔵庫もちゃんとしなよ」
「お説教が出るようになれば、もう大丈夫だな」
黒崎は笑って、スープカップを受け取る。
「ふふ。黒崎。今までいろいろありがとう。おかげで無事退院も出来たし、あ、ちょっと待ってて」
一ノ瀬は立ち上がると、書斎から紙を一枚、ビリビリと破きながら戻ってきた。
「これももういらないね。サインしてあるし、破いて捨てた方が良いよね?」
「一ノ瀬……」
ズキリと、胸が痛んだ。
──緊急時の暫時的な関係だった。そうだろう?
黒崎は自分に言い聞かせる。
「黒崎、そんな顔しないの」
どうやら顔に出てしまったらしい。
一ノ瀬は黒崎の隣に腰を下ろすと、ほっぺたにキスをした。
「よく見て、ほら」
一ノ瀬が黒崎の手の中に落とし込んだ紙片。
その細切れの文面に目を走らせる。
「……解消届の方か」
「いらないでしょ?」
「一ノ瀬」
「君の執着ぶりには、本当に頭が下がりました。これだけ執着してくれるんなら、僕のこと捨てたりなんて出来ないでしょ、多分」
「当たり前だ!」
少し怒った顔で、黒崎が怒鳴る。
「もう、すぐ怒鳴る」
一ノ瀬はその口を口でふさいだ。
「黒崎、好きだよ」
一ノ瀬はそう言って、いつもの笑顔を黒崎に見せた。
「恋人か?」
黒崎が、嬉しそうな顔で、一ノ瀬の両肩を掴む。
「え、う、うん。それ以上なんじゃない?」
「そ、そうか。でも、あれだ、一瞬は恋人か?」
念を押す黒崎に、一ノ瀬が吹き出した。
「もう、分かったよ。僕は君の恋人です」
「よしっ!」
黒崎は一ノ瀬をそのままソファへと押し倒す。
「え」
「一ノ瀬……」
「ご飯冷めちゃうよ、黒崎……」
「お前の飯は冷めても美味い」
「や、無理でしょ、チーズトーストはさすがに、ねえっ、脱がせない! こら!」
有無を言わさず、黒崎は一ノ瀬の首筋を舐め上げた。
「ぁっ……んっ」
じたじたとまだ抵抗を繰り返す一ノ瀬を、黒崎は腰を掴んで引きずり寄せ、がっちりとホールドして放さない。
「くろさきぃ……っ」
一ノ瀬は快感に弱い。
流されて。
ふたりは恋人同士として初めてのセックスをソファでした。
◉
テレビからはニュースの音声が小さく流れ、あとは、規則正しい一ノ瀬の寝息が聞こえるばかりの静かな居間で。
ソファでそのまま眠ってしまった一ノ瀬を横に黒崎は冷め切ったチーズトーストをかじりながら、持ってきた手帳の一番最後のページをめくる。
ペン先を出して。
「完了」
黒崎は、その一番最初の行にDoneのラインを真っ直ぐに引き切ったのだった。
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