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第3話

 ――すぐに返事が来るとは思わなかったが。  あれ以来、村上は込童を避け続けている。  当然の結果と言えば結果だが、込童にしてみれば予想と外れた。村上という人間を誤解していたのかも知れない。  さみしがり屋で、すぐに落ちると踏んだので、強引に出たのだが。  ――気に入らないね。  院内で、こそこそと込童の様子を遠目にうかがって目が合うと踵を返した村上を見かけ、思わず舌打ちが出た。  ――そちらがそういうつもりなら、こちらも考えよう?  珍しく執着している自覚はある。込童は、一度気に入ったものは絶対に手に入れる主義の持ち主だ。  すぐに電話をかけた。  村上にではない。  村上の勤務する医療機器会社の代表電話に掛けて、営業二課の課長を呼び出した。 「突然済みません……ええ、そちらで紹介して貰ったこの前の医療機器。購入することにしました。はい、院内全体で使えるよう御社を推薦します……ええ……それでですね、こちらに条件がひとつありまして……」        ◉ 「村上、凄いじゃないか。今月のトップだ!」  村上が外回りから戻ってデスクに着くと、営業二課の野田課長はそう言って村上の背を叩き、今週土曜の夜をあけておくよう厳命した。 「土曜、ですか?」  その日は確かに勤務が入っている週末ではある。  空けておくこと自体は別に構わないが、村上は接待が苦手で、極力外してもらえるよう頼んでいのだが。 「お前のためだぞ村上」  さっきから褒められたり励まされたり、村上にはまるで覚えがない。 「いったい何の話ですか課長」 「先ほど電話があったんだよ」 「え?」 「今月は君に傷病休暇中の職員の営業カバーに回ってもらったろう? その病院のひとつから、大口受注が入ったんだ」 「本当ですか」 「ここしばらく動きがなかったクライアントだったが……担当が変わったのが良かったんだろうな。村上、今期は成績が低迷していたが、これで盛り返せるぞ!」  ――嫌な予感しかしない。 「それは、何処の……」  野田課長に病院名を告げられ、村上は目の前が真っ暗になった。  薄々そうだろうとは思ったが。  やはりその受注は込童の病院から入ったものだった。  村上の脳裏に、込童の一見ひとの良さそうな、それでいて目の奥では人を食った笑顔がよぎる。 「それ、社命ですか」 「受けないと困るのは君だろう? この契約無しでは今月の目標値ですらクリアできないじゃないか。それとも成績を出せるのか?」 「……無理です」 「決まったな。なあに、食事して呑んで、話をするぐらいだ。何も取って食われる訳じゃないし……」  ――食われるんです。  と、言ってしまいたい気持ちをぐっと堪えて、村上は承知いたしました、と、野田課長に返答した。    水曜日にその事実を告げられ、村上の週末は、無情にもすぐにやってくる。  ――嫌っていう話ではないんだ。  村上は土曜のアポをこなした夕方、夜までを行きつけの喫茶店で時間を潰していた。  オーダーしたコーヒーに口を付けながら一日の報告書をまとめる。  けれど心はうわの空で、タブレットに入力する手が全く進まなかった。  ――込童先生のことは……でも、捨てられたばかりの今、もしも今度付き合って、また捨てられたら……二度と立ち直れる気がしない。  はあ、と、溜息をつく。  暗闇で伸ばされた込童の指先や、抱きしめられた腕や、うなじに降り注いだ唇――その感覚を思い出すだけで、村上の身体にぞくりと快感が走り抜けた。  ――もうずっとしてないな……。  村上は両腕で自分の身体を抱き竦める。  正直、今夜誘われたら絶対に断れるという自信はまるでなかった。  自分はこんなに好色だったろうか? と、情けない気持ちになる。  ――逃げたい。  けれど、立場的にそれは絶対に出来なかった。今期目標売り上げを落とせば、三期連続で成績を落とし続けている村上が、来期に首を切られるのは確定している。成績不振でクビになった営業マンが新たに職を求めたところで、手が届く仕事はブラック企業ばかりだろう。  イエスと言ってしまうことは簡単なことだ。仕事も上手くいくし、抱いてももらえる。  けれどそれは一時的なことでしかない。  あの性格の込童が本気だとはとても思えないし、ましてや生涯の伴侶を探しているという訳でもないだろう。  村上が欲しいのはセフレでもワンナイトの相手でもない、生涯を共に出来るベターハーフだ。   仕事の成績だって、この大型案件を導入したら込童の病院も当分の間は発注しないだろう、来月も受注を受けられるはずがない。  ――いや、先を考えるのは後だ。今は選択肢がないのだし、助け話と思ってここを公私ともに乗り越えれば……。  明るい未来が開けるとは、村上にはとても思えなかった。  ため息が出る。  そろそろ、約束の時間だ。  冷め切ったコーヒーを飲み干すと、村上はタブレットに向き直り、今日の報告書を仕上げることにした。  黙々と書いて時間になんとか間に合った村上は席を立ち店を出る。  地下鉄に乗って待ち合わせの改札につけば、上司と込童が楽しそうに談笑していた。 「すみません、遅くなりまして」  改札を出た村上は二人に駆け寄ると、そう言って頭を下げる。 「いえ、我々が早かったんですよ、ねえ、野田さん」 「早めに社を出たもので、込童先生がいらしてて良かったですよ、おかげで退屈せずに済みました」  込童と野田はこの短い間に、随分と打ち解けたようだ。  村上は若干の居心地の悪さを感じながら、野田の案内する店へと向かう。  上司と込童は並んで談笑を続けており、一人蚊帳の外になった村上は後ろを着いて歩きながら所在なげに視線を泳がせた。  ――あの身体に抱きしめられたのか。  込童の背中をぼんやりと眺めていると、ふいに彼が振り返る。 「? どうしました?」 「え、いえ……い、良いコートですね……」  しどろもどろになる村上に、込童は微笑みかけた。 「銀座にフルオーダーの店がありましてね。今度、紹介しますよ」 「ありがとうございます」 「村上、がんばれよ、この成績が続けば夏のボーナスだって期待できるんだからな」 「はあ、がんばります」  覇気のない村上には構わず、野田は話を続ける。 「込童先生が和食をお好きと伺いまして、今夜はこの店にしました」  野田が予約していた店は、バブルの頃に盛況を極め、その後も潰れることなく生き残った料亭だった。その豪奢な佇まいに、未だにこんな店があるのかと村上は驚いた。  仲居に通された座敷は八畳ほどで、上座に込童を座らせ、村上と野田は並んで卓に着く。  続きの間でもあるのではと一瞬身構えたが、床の間があるばかりで、隣室は繋がってはいなかった。  ほっとしつつも何処か残念な自分に気づいて村上は首を振る。 「どうした?」  今度は野田に怪訝な顔をされ、村上は力なく笑ってその場をごまかした。 「料理はコースです。きっとご満足いただけると思いますよ」  野田は手際よく仲居に酒を頼み、料理が運ばれ始める。 「込童先生、この度はお引き立て頂き誠にありがとうございます」  込童と野田は銚子を傾け、飲めない村上も献杯だけは頂戴した。 「いえいえこちらこそ、村上さんには大変よくサポートしていただきまして、立て板に水という訳ではありませんが、実直な営業に心打たれました」  込童はそんなことを言いながら、村上の手の中の盃に銚子を差し向ける。 「あ、どうも……」  やむなく受けて、村上は二杯目の日本酒を呷った。  高い酒なのだろう。良い香りがして、酒の苦手な村上でもするすると入った。 「美味しいですね……」  素直に感想を述べると、銚子がまたこちらへ来た。  三杯目を空ける。  盃はそう小さい物でもなく、くらりとした酩酊感が、早くも村上を包んだ。  空腹に立て続けの三杯は、村上にはきつかったようだ。  薄らと赤らんだ顔の村上に、込童が満足げに微笑みかける。 「ああ、美味しいですね。僕も気に入りました」 「そうですか、仲居に言って一本お持ちさせましょうか?」 「いいですね、お願いします」  二人はそんなことを話ながら、料理が進む。 村上は回り出した酒に抗いながら、時折差し向けられる酒を必死に呷って時を過ごした。 幸いなことに酒宴は野田と込童が話に花を咲かせており、村上は大人しく話を聞いて頷いていればそれで済んだ。  接待が苦手な村上を、野田が庇ってくれているのだ。  ――課長に感謝だな。  おかげであまり込童と目を合わせないですんでいる。村上は気を抜いてふうと長い息を吐いて込童を眺める。  その吐息を聞きつけてこちらを向いた込童と、目が合った。  込童に微笑まれ、村上はつい素の笑顔を返してしまう。    ――酔っている。  村上にはその自覚はあった。  けれど込童が、うっとりと色気を乗せた視線を寄越してきたので、村上は慌ててその笑顔をしまい込む。  苦笑しながら込童が村上に声を掛けた。 「村上さん、大丈夫ですか? あまりお強くないとは聞いていましたが……もう一合は呑まれましたね」  呑ませた張本人が、しおらしく謝って村上の顔を覗う。  既に真っ赤な顔の村上は、もう一度酒精を含んだ吐息をついた。 「そんなに呑みましたか?」  村上は驚いた声を上げ、それからクスクスと楽しげに笑った。 「初めてです。こんなに呑んだのは」  どうやら悪酔いはしていないようだ。  やがて食事も終わり、三人は席を立つ。  村上は案の定千鳥足で、よろめいた身体を、野田に支えられた。 「村上、大丈夫か?」 「はい……」 「いや、そこでハイと返事をする奴で大丈夫な奴はいないぞ」 「村上さん一緒にタクシー使いましょう」  込童は、そう言って野田から村上の肩を引き寄せた。 「え?」  酔った頭で、村上は聞き返す。 「さっき野田さんに聞きました。帰る方向が僕たち同じようです」 「え? そうだったんですか? 村上と?」  野田は込童の意外な申し出に恐縮しながら、ほっとした顔で村上をゆだねた。 「助かります、自分は遠距離通勤なもので、彼を連れて帰ることもままなりません」 「わかりました。それでは野田さん、お気をつけて」  にっこりと微笑んで、込童は野田を見送った。  その姿が見えなくなると。 「村上さん、分かってるんでしょう?」  込童は肩を抱いている村上に声を掛けた。 「嬉しいな、僕の誘いに乗ってくれて」  ふわふわとした頭で、村上が答える。 「仕方ないじゃないですか。ぼくに選択肢なんてなかった……」  諦めきった村上は、ぐったりと込童の肩に頭を乗せた。 「それにしても酷いです、こんなに呑ませるなんて」 「だって、酔っていく村上さんがあんまり可愛かったから……僕の盃を受けてくれたと言うことは、そういう事で良いんですよね?」  村上は今度は答えずに、こっくりと一回、頷いた。         ◉  帰る方向が同じだなどという話は、もちろん込童の嘘だ。  コンビニで買ったミネラルウォーターのボトルを持たせ、村上を呼び止めたタクシーに押し込める。 「それ、飲んで」 「はい……」  酔いを醒ませというのだろう。  その意図も分かっている。  込童の右腕が、ずっと村上の肩を抱いていた。  村上は人の体温を感じながらタクシーに揺られる。    ――こんな気分、いつぶりだろうか。  耳元に何か聞こえたなと思って意識を集中すると、それは込童の鼻歌だった。 「楽しそうですね」 「僕? 楽しいですね。貴方は?」 「ぼくは……」  込童は返事を待たずに、村上の耳へ鼻歌の変わりにキスを届ける。  村上は慌てて運転手を覗ったが、彼は右折のタイミングをみるのに忙しいようだった。 「楽しくなりましょうよ、村上さん」  込童は上機嫌な声で村上に囁く。 「僕、セックスは気持ちいいと感じたことはあっても、楽しいとか、ましてや、楽しみだなんて思ったことはなかったな」 「先生、ぼくみたいなのと経験があるんですか?」 「ありますね。駄目ですか?」  村上の肩に回された腕の、その指先に、するりと首筋を撫でられる。 「しっ……失望させるかも……」 「ふふ、試してみましょうよ、村上さん?」 「そんな……」 「あ、運転手さん、そこの公園前で下ろして下さい。停めやすいので」 「そうですか、助かります」  込童の言うとおり、閑静な住宅街の公園にタクシーは滑り込み、二人はそこで降りた。  公園の明かりの下、並んで歩く。  時々、ふらつく村上の肩が込童に当たるので、込童はその腰を抱き寄せた。 「せ、先生……」 「こんな遅く誰も見ていませんよ」 「ぼくのどこがそんなに先生に興味を持たれているのか、全く理解できません」 「なんだ、そんなこと」 「え?」 「振られてる貴方がとても可愛らしかったからですよ」 「……そんなの、理由にならない……」 「おいおいね、おいおい判りますよ、僕がどれだけ、貴方を気に入っているかなんて事は。ああ、着きました。ここです」  込童がキーレスエントリーで門扉を開けると、案の定、村上は込童の自宅が豪邸であることに驚いているようだ。 「お医者様って凄いんですね」 「付き合うなら僕にした方が良いって思ってくれました?」 「そ、そんな」 「ここは祖父の家でした。遺産相続で僕がもらい受けたんです。戦前からある家で、改築はしましたが、裏には土蔵もあるんですよ」 「へえ」 「僕は書斎に使っています。ふふ、乱歩みたいでちょっと良いでしょう?」 「ミステリーお好きなんですか?」 「あれはどちらかというと、怪奇小説ですけれどね。貴方は?」 「好きです。本はよく読みます」 「だと思った。後で僕のコレクション見ます? 初版本とか、色々ありますよ」 「先生がビブリオマニアだとは思いませんでした」  込童はそれに笑って応え、どうぞ、と言って、玄関のドアを開ける。  村上はお邪魔します、と続いて上がった。「お水、今持ってきますね。お茶のがいいかな。体調はどうですか?」  込童は声を掛けながら客人を暖炉のある居間に通して、ソファに座らせる。 「お水はもう、先ほどのボトルで充分です。具合が悪いのも通り過ぎました」 「それはよかった。飲ませすぎたなって、後悔し始めたところでしたよ」 「はは……」 「今夜はお相手願えますか?」 「ええ、明日は休みですし。いいですよ。でも先生、ぼくで勃ちます?」 「もちろん。当然ですね」  込童は隣へ座ると、村上の顎先をとらえ、唇を重ねた。  込童にやんわりと唇を食まれ、村上は背中に快感が走るのを感じる。  村上は、こんな優しいキスなど、ついぞ受けたことがない。  思わずしがみついて……込童により深く唇を合わせられ、彼の舌先が、村上の舌に触れた。 「んっ……」  村上は、込童に舌を絡められ、腕の力が抜けていく。  ――困る、こんなにキスが上手いなんて。 「んっ……ンンッ……」  ――先生みたいに、顔も良くて性格も素敵で、ステータスだって申し分ない人が、ぼくなんか……。  ふいに、込童のキスが途切れた。  村上が瞼を開けると、込童は不安そうな顔でみつめかえしてくる。 「僕のキスは下手?」 「え」 「なんだかうわの空みたいですね。気になることが? 僕は独り身だし、恋人もいませんよ?」 「ふ、不安なんです。それが逆に」 「どうして?」 「だって、こんな、絶対おかしいです。ぼくみたいな人間が、あなたのような人に――」  終いまで言えずに、村上はもう一度唇で口を塞がれた。  やわやわと耳を揉まれ、うなじを愛おしげに撫で上げられる。  ――とける……。  額に、瞼に、頬に、首筋に。  優しいキスの雨が降って、村上は吐かない声を漏らす。 「ぁ……っぁあ……っや、先生……」 「嫌ですか? そんな事は無いでしょう? だってほら、ここ、こんなになってる」  込童は、いつかの暗闇の中で触れたように、村上の前を擦る。そこはゆるりと鎌首をもたげ、ズボンの前を持ち上げていた。  込童は指先で、その形をなぞり上げる。 「んッ」  びくりと村上の肩が跳ね上がった。 「ねえ、村上さん。後ろは? 後ろも感じる人?」 「よく、わかりません。入ってくると、安心するんです……でもすぐに激しく突かれて、イってしまった後はすぐに抜かれて放り出されるから……よくわかりません」 「妬けますね」 「え?」 「貴方に交際相手がいたことは知っていましたが、そんな風に話されると一刻も早く貴方を僕で塗り替えたくなる」 「せ、先生……」  込童は、村上のズボンのボタンに手を掛け外すと、無言でジッパーを引き下ろした。  屹立している陰茎を素通りして込童の指先は、村上のアナルの柔らかな襞に触れる。 「だ、駄目です! 先生っ!」 「ふうん。ふっくらして、襞が広がっていますね。確かに抱かれ慣れていらっしゃるようだ」 「いやです! 汚いです! 触らないで下さい……!」 「僕は医者ですよ?」 「そんなの関係ない! 羞恥心で死にそうです、先生お願いですから、まだ触らないで」 「無理矢理抱かれたことはないんですか?」 「あります!」  村上は眦に涙を滲ませて、込童を睨みつけた。 「だから、先生にはそんな風に汚らしく抱かせたくない……」  込童の胸元のシャツにすがって、村上は込童にくちづける。  その頭をぽんぽんと優しく叩いて、村上は顔を上げさせた。 「わかりました。バスルームはこちらです」  一緒に入ることをかたくなに固辞され、込童は苦笑して邸内を案内する。込童の家のバスルームは寝室と続いており、広い。浴室内には猫足のバスタブをメインに観葉植物などが置かれ、トイレも一緒のタイプだ。  バスローブ姿で出て来た村上が何か物言いたげな顔なのを察して、込童は言った。 「使ってませんてば、本当に。付き合っていたのは学生時代の話で、あれらは全部、貴方が来るのを見越して用意しておいただけです よ、村上さん」  家を出る時に、バスルームには村上が使いそう(・・・・・)な(・)アイテムを置いておいた。 「ぼくはまんまと嵌められましたものね」 「言い方! 僕の手の中に落ちてきてくれたんでしょう?」 「覚悟はしてますけど……」 「だったら、もう黙って」  込童は立ったまま村上を抱きすくめてキスをする。  村上はされるがままに――やがて息をついた。 「はぁ……」  込童が声を掛ける。 「僕も浴びて来ましょうか?」 「我慢できるんですか?」 「いや」  込童は言って、ベッドへと村上を押し倒した。 「正直もう無理」  ベッドに沈み込みながら、村上のバスローブの襟を割る。  キスしながら乳首をまさぐられ、村上が身じろぎをした。 「気持ちいいです」 「ホント?」 「こんなゆっくり、されたこと無いので」 「久しぶりすぎてやり方が思い出せないんだ」 「ええ?」 「ふふ。冗談だよ」  言って、込童は、指先で実らせた村上の胸の先を口に含み啜り上げる。  唇を離せば、ぬらぬらと先端が唾液に濡れて光り、村上が名残惜しげに声を上げた。 「ぁぅ……っ」 「もっと気持ちよくなっていいんですよ」  込童はベッドサイドのローションを手にとり、ぬるぬると村上のアナルをなぞり上げる。 「ぁ……」  中指を立ててぬぷりと押し込めた。  しごかれたローションが溢れてシーツを濡らす。  込童は構わずに指を進め、アナルに根元まで埋め込んだ。ゆるゆると指を抜き差しし、頃合いを見計らって薬指も添えて押し込める。 「あ……っ、ん」  込童は二本の指をなまめかしく蠢かせ、内壁を攻めた。 「ン……っ、先生そこっ」 「好きなとこでしょう? 前立腺」 「や……だめです…ぁ…すごぃ…あぁ!」 「ええ? 駄目じゃ無いでしょう?」  くぷくぷといやらしい音を立てて、込童の指が村上の胎内を的確に弄りまわす。 「せん……せ、もう、本当に……」  切なげに腰を揺らしはじめた村上に、込童はそこでようやく自分のワイシャツに手を掛けた。仕事帰りだった込童はスラックスのベルトも引き抜き、前をくつろげる。  すでに勃ち上がった自身を引き出すと、村上の手を取って込童はそれを握らせた。 「しゃぶれる?」  村上は大人しく従うと、込童の陰茎に舌を這わせる。丹念に舐め上げて、それからおもむろに咥え込んだ。 「ふっ……」  込童が小さく息を吐いた。  どれだけ仕込まれたのかわからないが、村上は喉奥まで咥え込んで、恍惚とした表情でしゃぶっている。 「いやらしい顔をして。村上さん、本当にすきなんですねセックス!」  ぐいと喉奥に陰茎を突っ込んでやると、村上はむせこんで、異論を唱えた。 「ちが……っ」  口元を拭い、込童を見る。 「こんなに、優しく触れられたことなかったから……あなただから、ぼくは……」 「本当ですか?」  村上は顔を背け、言った。 「先生は強引ですけど、触れる手が優しいから好きです……でも、本気なのかなとか、遊びだろうな……とか思うと、捨てられた後のことが怖くて、ゆだねられない」  込童はぎゅうと、村上を後ろから抱きしめる。 「まだ付き合ってもないのに、そんなことを考えるんです?」 「先生、ぼくとつきあってくれるんですか?」 「そのつもりじゃなかったら、こんなに強引に出ると思います?」 「ワンナイトなのかなって」 「あっはは。僕それ興味ないです。でも、確かに今までの交際相手と、長く続いたことはないですね」 「飽きちゃうんでしょう?」 「だって、僕から好きですって言ったこと、今まで一度もないですから」 「え?」 「性欲はあるから、まあ、交際を申し込まれたら受ける訳です。でも僕が好きな訳ではないから向こうが嫌になったらそこでお仕舞いです」 「それって」 「僕が興味を持ったのは貴方が初めてです。こんな、絵に描いたみたいに嗜虐心をそそられる人、見たことがない」 「ええぇ……」 「うーん違うな。庇護心かなあ……」 「全然逆じゃないですか!」 「つまり貴方は、僕が珍しく気に入っていて、抱きたいってことですよ。言い寄ってくるのは、皆勝ち気で、自尊心の強い人間ばかりだったから……貴方のその弱々しい指先の仕草、なんなんですか。誘ってるんですか」 「ぁっ」  込童は村上の首筋にきつく吸いついてキスマークを残す。 「ちょ、痕になってませんかこれ、先生!」 「なってますね。マーキングですから」 「ぼくの仕事、営業ですよ?!」 「知ってます。相手がいることを営業先にちゃんとアピールしてきて下さいね。さあもう良いですか?」 「な、何が」 「村上さん、ひとつになりましょう?」  込童はそう言ってもう一度くちづけると、村上の足を抱え上げ、さんざん弄り倒したアナルへと自分の亀頭を押し当てた。 「ふふ、ローションでぬるぬるのおしりですね、すぐに入ってしまいますよこんな……」 「誰がしたんですか……ぁあっ!!!」  ずぶんと分け入ってきた陰茎が、質量をともなって村上をつらぬく。  込童にゆすゆすと様子を伺うように身体をゆすぶられ、村上は思わず声が上げた。 「ぁっ……あぁ……っ!」 「気持ちいいですか?」 「んッ奥……だめ……ぁっ……!」 「ぼくも凄く……いい……っ」  初めて聞く込童の余裕のない声に、村上は思わず目を開く。  込童が、上気しきった顔で自分を見ていた。 「ぁ……」  貪るような込童の視線に、村上は至福感が込み上げる。  ――求められている。  村上が込童に手を伸ばすと、その手を込童は指を絡め合わせて握り返した。 「ふぁっ……あっ……ぁっ……!」  腰を打ち付けられながら、村上は込童の手を握りしめる。一方の込童は、村上の良いところばかりを器用に突いて追い上げた。 「せんせ……ッ! ぁ……も……イク、イキます……!」  そう言って村上はびくびくと身を震わせると、込童の手を振り払って彼に抱きついた。 「込童先生……」  耳元で名前を囁かれ、込童は、歯止めがきかなくなる。村上の良いように動いていた込童が、自分の本能に任せて激しく突き上げ始めた。 「ぁ……せんせ、もう、イッた……イッたから……だめ……もう無理……ひぁあっ!!」 「村上さん、ごめんなさい。優しく抱くはずだったんですが。貴方があんまり愛らしくて」  その声が届いているのかいないのか、村上はひたすら込童に突き上げられ翻弄される。 「ぁ! ぁ……あ! あぁぁぁッ!」 「村上さん……ッ、出る、出ます!」  込童はひとしきり強く腰を打ち付けると、びゅるびゅると白濁液を村上の最奥へと注ぎ込んだ。 「は……ぁ……」  大きく息を吐いて、そのまま村上の上に倒れ込む。  村上は何やら譫言を呟いているようだ。 「村上さん」 「ん……」  声を掛ければ一瞬意識は浮上するもののすぐにまた眠ってしまう。    ――意識レベル2、といったところかな。  込童はそう判断すると、久しぶりの疲労感に身をまかせて、村上の隣で眠りに落ちた。

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