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第3話

「んぐっ!」  行きつけの中華料理店でラーメンをすすっていた獅堂は、思わず喉を詰まらせた。  店の片隅に置かれたテレビから流れてきたのは、聞き覚えのあるバリトンの声で。  振り返れば。  クリティカルの日路が、画面いっぱいに映し出されていた。  それはお昼の情報番組。  流行のグルメを紹介するコーナーだった。  見ているのは単なるお昼のバラエティなのだが、獅堂は以前のことが思い返されて、耳まで赤くなってしまう。  この日路と、今週末にデートをするのだ。  だいぶ前に約束したものの、なかなか二人の休みが合わず先延ばしとなり、今度の日路のオフにやっと獅堂がもぎ取った休暇だった。  週末、二人はタピオカで有名な某店……都内では目立つので、郊外の店舗へ車を出してドライブすることになっていた。  事の発端は、獅堂が風邪を引いた日のことだった。  夕方になって、あまりの寒気にランチもとれなかったことを思い出し、獅堂は電車待ちをしていたホームの自販機でコーンスープを探したのだが、あいにくと売り切れ。ふと、隣の自販機のタピオカが目に入り、確かタピオカはカロリーが高いと何かで読んだのを思いだしてそれを飲んだ──と言うたわいもない話を、日路に電話でしたのだ。 「なんだかコンニャクみたいだったな」 『それは……蒟蒻だったからですね』 「え? タピオカってコンニャクなのか?」 『いや、そうではなく。コンビニエンスストアや自販機に入っているタピオカは、大抵蒟蒻などが原料のまがい物です』 「んだよ、カロリーゼロじゃねえか。どおりで空きっ腹がおさまらなかったわけだ……」 『今度』 「え?」 『今度、本物のお店にお連れしよう。タピオカは、ホットも美味しい』  そうして決まった週末のドライブなのだが、実のところ、日路と会うのはあのホテルの日以来だった。  テレビの中で、日路は何か話題のスイーツを紹介している。 「だから詳しいんだな。食いモンに……」  番組を眺めながら、獅堂はスープまで飲み干すと、ラーメンを完食して席を立った。 「ごっそーさん」       ◉  そしてやってきた週末。  日路に指定された駅前に停車し、獅堂は窓を開けた。  ニット帽に眼鏡をかけた日路が、運転席の獅堂に気づきロータリーに入ってくる。  ドアを開けて乗り込ませると、獅堂は車を走らせた。 「今日から敬語はやめてくれ」  開口一番、獅堂は日路に願い出る。  日路は瞳を瞬かせると、承知した、と笑った。 「黒い車とは聞いていたが、まさかハイラックスとは」  曇る眼鏡を外して、日路は車内を見回す。 「うちには四頭の甲斐犬がいるもんでな。ヤツらを乗せて移動するのに大型ケージを積み込むから、この車を選んだんだ。これでもグレードはZのブラック・ラリー・エディションで、ダカールラリーで総合優勝を果たした4WD車なんだぜ?」  振り返れば、確かに荷台にはケージが四つ並んでいた。 「凄いな」 「あ……目立つと拙いか?」 「いや、大丈夫だろう。逆に車が目立って、人の印象は霞むかも知れない」 「それがお忍びスタイルってやつ?」 「ああ。今日はまだ良い。一番目立たないようにするのが大変なのは、ライブ会場からの脱出だな。楽屋の出待ちが凄いから、それぞれの会場別に特別な出口がある。福岡の会場が一番目立たずに出安くて……」  日路は、愉快そうにどうやってファンを撒くのかを説明する。 「へえ、苦労してんだなあ」 「ところで、今日その犬達は……」 「留守番だ。甲斐犬はあまりフレンドリーな犬種じゃないしな」 「そうか、少し残念だ」 「ハハ。それで、その本物のタピオカってヤツが飲めるのはそこのカーナビに設定してあるモールで良いんだよな?」 「ああ。何店舗か番組で紹介したのだが、私はそこが一番良いと思った」 「楽しみだ」  郊外のモールは高速を降りるとすぐの場所にあった。  日路は再び眼鏡をかけるとが降りるのを待ち先に立って歩き出す。 「こちらだ」  案内されるままに続くと、オープンして間もないその店は、まだ、それほどの行列はなく、五分待ちと言ったところだった。  日路が番組で紹介したというドリンクを二つ頼み、獅堂がふと振り返ると──ひところの勢いは衰えたとは言え、想像を絶する行列が後ろに出来上がっていた。 「な……マジか」 「早めの時間にお誘いしたのは、こういった理由があったので」  そっと耳打ちされ、獅堂は動揺する。  耳朶に吐息が熱い。 「あ、そ、そう!」  うわずった声で返事をしてしまい、思わず周囲を見回した。休日午前のモールで、特に飛んでくる視線はなかった。  オーダーは程なく出来上がり、カウンター越しにカップを受け取る。  日路の見守るなか、獅堂が一口ストローを吸い付けると、自販機で買ったものとはまるで違う大きな粒のタピオカが舌の上に転がり込んだ。 「美味いな」  獅堂がもちもちとした歯ごたえを楽しみながら、思わずそう呟くと、日路が眼鏡越しでも分かる満面の笑みを浮かべる。 「よかった」  これで。  今日の目的は達成してしまった。  しばしの沈黙がふたりを包む。 「…………なあ」 「なんだろうか」 「アンタがよかったら、このあとうちの犬を見に来ないか」 「いいのか?」 「実は俺の家、こっち方面なんだ。ここから三十分もしないで着くし、モールで何か買って、犬どもを乗せたら海辺に行かないか? 今日は日射しもあるし、浜はそりゃ風が少しはあるだろうが……」 「行きたい」 「そうか、よし!」  獅堂は小さくガッツポーズを作った。       ◉  モールでサンドイッチボックスを仕入れた二人は、獅堂の家へと車を向ける。 「ちょっと待っていてくれ、十分ほどだ」  獅堂はそう言い置いて、助手席に日路を残すと、家へと入っていった。  日路が見ていると、獅堂はリードに繋いだ犬を四匹──三匹が黒毛で、一匹が黒に茶色の斑がはいった、珍しい毛並みだ──を連れて、門扉から出てきた。  固定されたケージに犬達は次々に大人しく入っていく。散歩に出るのが分かっているのだろう。  最後に獅堂はもう一度家に入ると、今度は大きな水筒とチェックの毛布を抱えて戻ってきた。 「紅茶でよかったか?」  獅堂はそんなことを言いながら、後部座席に荷物を押し込み、運転席に戻る。 「こいつら甲斐犬は本来、山岳地帯の狩猟犬なんだが、勝手に山に連れて入るわけにも行かなくて、もっぱら海辺を遊び場にしてるんだ」  たわいもないことを話しながら、車は二十分ほどで、海岸へとたどり着いた。  水平線を一望できる千葉の砂浜は圧巻だった。  浜辺まで車を乗り入れると、獅堂は周囲が無人であることを確認し、ケージを開けて犬を放つ。  矢のように飛び出した四匹は、見ていて心地よいほど浜辺を駆け巡った。  獅堂は毛布を日路に渡すと、車を降りるよう促す。  日路が毛布をまとって車を降りると、そばにあった丸太の流木に腰掛けるよう獅堂に言われ、素直にそこへ腰を下ろした。  犬達の荷物が入った大きなトートバッグと、サンドイッチボックス、水筒を持って獅堂が後からやってくる。 「あいつらの散歩もしたかったから、正直助かったよ」  獅堂はそう言って紅茶を注いだカップを日路に手渡した。  白い湯気が立ち上る。 「獅堂さん」 「そのさんってのも、そろそろやめてくれよ。獅堂で良い」 「では、獅堂……は、寒くはないのか?」 「ああ? まあ、慣れてる」 「という事であるならば『寒い』であっているのだな」  日路はそう言うと、羽織っていた毛布を広げ、獅堂ごとその身を包み込んだ。 「あ……ありがとさん」  とまどう獅堂の肩を、日路が抱き寄せる。 「やせ我慢はよくない」  ひとつ毛布の下にふたりは身を寄せると、吐く息が白くたなびいた。 「なあ」 「?」  獅堂が呼びかけたきり先を続けないので、日路は顔を覗き込む。  目と目が合って。  ふたりは吸い寄せられるようにキスをした。         ◉  獅堂と日路のなんでもない日常は続いて。   その日、ラジオ局での放送を終え、次にニュース番組の収録があるスタジオへ向かう途中、日路は自分のスマートフォンに着信があることに気がついた。  マネージャーの運転する移動車に乗り込み、後部シートに収まると、メッセージアプリを開く。  それは獅堂からの連絡だった。 『今夜も残業確定で、終わるのは日付が変わる頃になりそうなんだが、そっちはどうだ? メシでも食わないか?』  ニュース番組は生放送で、終わりの時間は決まっている。  十一時スタートのニュースが終わるのは、同じく日付が変わる頃だ。 『承知した。待ち合わせは何処にする?』 『何が食いたい? それによるな』 『そうだな。普段、貴方が食事している店に行ってみたい』 『ええ? 俺たいした店で食ってないぞ?』 『そんなことは期待していないから安心するといい』 『それも大概ひどくないか? それじゃあ──』  待ち合わせを決め、スマートフォンを閉じる。  今どこを走っているのだろうと顔を上げると、夜の車窓に映る自分の顔が、とても楽しげで、日路は小さく笑ってしまった。       ◉  整えられて上げられた前髪。  胸ポケットにハンカチを入れた清潔感のあるスーツ。  黒縁のセルロイド製の伊達眼鏡。  番組にならったお堅いイメージを求められ、アイドルの日路も深夜の社会派ニュースでは硬派な装いだ。  伝える、と言うことにおいてルックスは重要だ。発言する内容もその見た目しだいで左右されかねない。  専属のスタイリストに今の服装を提案されたときも、日路は異論を唱えなかった。  番組に望む姿勢は空気を読まない独特のスタイルで、日路は礼儀正しく思ったことを発言する。    けして慇懃無礼にはならないバランスの良さがそこにあり、深夜帰宅した、疲れてはいてもニュースが必要なサラリーマン層の多くのリモコンを引きつけ、女性ファンだけでなく、男性、特に中高年層にも受けがよかった。  いつも切り込んでゆく日路の的確で短いコメントに、スタジオでは感心のうなり声が後を絶たない。  その日も、のらりくらりとした答弁で有名な政治家を、退路を断って、真っ当に回答させた手腕は見事なものだった。 「お疲れ様でした。お先に失礼いたします」  無事に放送が終わり、資料をまとめると、めずらしく駆け足でスタジオを出て行く日路に、スタッフは顔を見合わせた。  日路はスタジオを出るとタクシーを停め、待ち合わせ場所に向かう──と、タブレットを片手に電話をしている獅堂の姿がそこにあった。  獅堂は目の端に日路を認め、軽く頷く。  お忍び姿が、この前と同じニット帽に丸い銀縁眼鏡姿だったので、容易に見つけられたようだ。 「……ってことで、資料は送ったから、後は任せるわ。ああ、じゃあ今日、俺これで上がる。おつかれさん」  獅堂はそう言って通話を切ると、パタパタと手際よく仕事道具をまとめた。 「すまない、社から連絡が来てしまって……行こうか? ……と言っても、すぐそこの、二四時間やってる七輪のホルモン屋なんだが」 「二四時間営業の焼き肉店があるのか、すごいな」 「明け方頃でも、夜勤帰りの土方や警備員でごった返す人気店なんだぜ? けど、アンタ食えるかな」 「好き嫌いは特にない。ホルモンは食べたことがないので楽しみではあるが」 「無理だったら言ってくれ、海鮮や普通のカルビなんかも置いてある。なんなら、チヂミやビビンパ、冷麺なんかも豊富だ」  説明しながら獅堂は暖簾をくぐる。 「ふたりなんだけど、空いてる?」 「イラシャーイ! コチドウゾ!」  片言のアジア系女性店員が、獅堂の顔を見ると手を上げて席を指し示した。 「イツモアリカトコザイマス」  おしぼりとお冷やを手渡されながら、獅堂はコレとコレの一揃い、と、手慣れたオーダーする。 「アンタ、飲み物は?」 「緑茶で」 「カシコマリマシタ。オニサンハイツモノウーロンハイネ?」 「ああ、そうしてくれ」  緑茶と烏龍ハイで乾杯すると、前菜のナムルをつつきながら、獅堂はたずねた。 「なあ、収録ってのはこんな遅くまでやるモンなのか?」 「今日はたまたま深夜ニュースの生放送の日で……」 「え。ニュース? アンタ、ニュース出てんのか?」 「一応、火曜と木曜の放送に出させて頂いている」 「へぇ、すげえな。俺、朝のニュースは時計代わりにつけてるんだけどよ、もっぱらスマホで電子新聞読んでて、夜は帰ったら風呂入って寝ちまうからなあ。今度録画するわ」 「無理に見るほどのものでもない」  苦笑する日路に、獅堂は、だって、見てみてぇしと、唇を尖らせる。  ふ、と日路の苦笑が微笑みに変わった。 「私は貴方の、その屈託のないところが気に入っているようだ」 「どうせ大人げない中年ですよ俺は」 「魅力的だ、と言っているのだが」 「え……」  獅堂が絶句する。こんなにも真正面から褒められたことは、ついぞなかった。  テーブルに置かれた獅堂の手の上に、日路の手が重ねられる。 「本当のことだ」  少し寂しそうに微笑まれ、獅堂は赤面した。 「いや、おっさんからかうなよ? おっさんはすぐに乗せられちゃう生き物だからね? 真に受けちゃうよ? おっさんは?」 「別にかまわない。貴方とは、あんなこともした仲だと言うのに。それとも」  重ねられた手をぎゅっと握られ、飲んでもいないのに獅堂の頬はますます朱に染まった。 「私が惹かれてもいない相手に、あんなことを許す人間だとでも?」 「あ……いや、その」  獅堂は視線を落とし、グラスの中に映る自分の面を見つめ、それからテーブルの上で握られている自分の手を眺め、最後に……日路の視線を真っ直ぐに受け止めた。 「正直、自信は無かった。あんなことになったのも、何かの弾みか、間違いかなと、思ってた部分はある。けど──」 「けど?」  カランと音を立てて、グラスの中の氷が溶け落ちた。  獅堂は、日路よりも一周り骨太な自分の手で、重ねられた白い手を握り返す。 「多分アンタのことを好きだという奴はごまんといるだろし、これからも増えるだろうが、俺はアンタを──」 「オニサンタチ、オサラオケナイヨ。テ、ドケテドケテ」  その声に顔を上げれば、先ほどの店員がオーダーを両手に運んできていた。 「あ、や、スマン……」  慌ててテーブルから下げようとした獅堂の手を、日路が握りしめる。 「え……」 「関係ない。私は貴方を気に入っている」 「ヨカタネオニサン、コノヒトアナタヲスキダッテヨ。ハイ、テ、ドケテドケテ」  そこでふたりがようやく手を下ろしたので、忙しそうに店員は、ハイ、ラブラブネー、と注文の品を置いて下がっていった。  獅堂はコホンと咳払いを一つして、グラスを手に取る。 「あ、じゃあ、そういうことで」 「それは私の緑茶だな。獅堂」 「うぇ……」  グラスを交換しながら、日路はクスクスと笑っている。 「それで、貴方が言っていた、順番、というのはこれで、きちんと踏めたことになるのだろうか」 「ああ、そうだな……」  グラスに口を付けた獅堂は、そこでその意味に気がついて、思わず烏龍ハイを吹き出した。 「ゴッ……ゴホッ……ゴホッ……」 「獅堂。大丈夫か?」 「だ、大丈夫、大丈夫」  それは出会った最初の日。  身体の関係を最後まで持たなかった獅堂の『理由』だった。  飲んでもいないのに獅堂の顔は赤くなりっぱなしだ。 「いや、その……順番ってのは言葉のあやで……」 「ごまんと私を愛する人間がいても、貴方は私を?」  途切られた台詞を日路は拾ってきて、獅堂の前に差し出す。 「……ッ!」  ぐっとなって、唇を噛みしめて黙り込む獅堂の顔に日路がたたみ掛けた。 「私を?」  初めてその時。  日路の瞳に陰りが差していることに獅堂は気がついた。  いつも堂々としているあの日路の瞳が。 「あ……」 「あ?」 「諦めない」  獅堂は言ってから、え、あ、ストーカーじゃねえぞ? と慌てて続けた。  予想外の単語が飛び出して、日路は、一瞬呆気にとられ、それから背を丸めて笑っている。 「アンタも大概笑い上戸だよな!」 「貴方の前でだけだ」 「?」 「獅堂、こんなに笑うのは」  ふっと、溜息をついて日路は続ける。 「私も貴方を、見失うことは決してないだろう。たとい、どんな闇の中に紛れても……一条のスポットライトが観客席の中の一席を照らし出すように」 「……ホルモン屋でするような会話じゃねえぞ」  獅堂はガリガリと頭を掻いて、ネクタイを緩めた。 「ったく。あーこんなことなら見栄張って洒落た店に連れてくんだった」 「すぐにボロ出るのでは?」 「ちがいねぇ」  くくっと獅堂は喉の奥で笑うと、放置されっぱなしだったトングを手に取る。 「さ、食うか」 「貴方におまかせしよう」   ふたりはそれから、獅堂の解釈つきで様々なホルモンを平らげた。  焼かれたコプチャンを差し出されて口にした日路は、しばらくもぐもぐと口を動かしていたが、やがて音を上げる。 「これは、いつ飲み込むものなのだ?」 「あー? ホルモンは飲みもんで、のどごしを楽しむもんだって、どっかの芸人さんが言ってたらしいぞ。俺もそう思う」 「そうなのか……」  ようやく飲み下し、緑茶に口をつける日路を見て、獅堂は、脂身が少なく歯触りのよい赤センマイやココロを網に乗せた。 「まあ、肉質も色々あるからな、自分に合った部位を見つけてくのも楽しいもんだぞ」  ひとしきりのホルモン談義の後、ふたりは店を出る。 「タクシーっても、この時間じゃロータリーに出ないと捕まらねえか。駅までどうだ?」 「ああ、ご一緒しよう」  肩を並べて駅までの道のりを歩いた。  道すがら、狭い路地を見つけた獅堂は、ぐいと腕をひいて、日路ごと転がり込む。 「?」 「ハグするだけだ」 「獅堂?」 「ハグするだけ」  ぎゅうと包み込まれるように抱きしめられ、日路はやれやれと微笑した。 「キスはいいのか?」 「いい……今夜は、アンタを返さなきゃならねえし、家じゃ犬共が待ってるし、キスなんてしたら……」 「貴方のそう言うところが好きだ」 「煽るのはやめてくれ」 「始めたのは貴方なのに」 「すまんな」  ポンポンと頭を叩くと、獅堂は日路を離す。 「また誘って欲しい」  日路に差し出された握手に応じると。  その手は口元に運ばれ、獅堂の手の甲に日路の唇が触れる。 「~~~~~~だから、そーゆー……アンタ、王子様か?」 「よく言われる」  ぐうの音もでない獅堂は、せめてもと、日路に見せつけるように、キスされた自分の手の甲へと唇を重ねた。  日路の瞳に艶めいた色が灯ったがそれも一瞬。  ふたりは、路地を出ると駅まで並んで歩き、それぞれの帰途についた。

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