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第4話

 それから更に月日は経って。 「ハワイ?!」  獅堂が、日路を食事に誘おうとかけた電話は、予想外の断りを受けた。 『せっかくの誘いを、すまない。今夜から五日ほど、ロケで日本を空ける』 「あ、いや、それはいいんだけどよ……アンタに話があっ……」 『すまない獅堂、皆を待たせている。もう行かなければ』 「あー、わかった。この電話は向こうでも繋がるのか?」 『ああ、大丈夫だ』 「了解。気をつけて行ってきな」 『行ってくる』  途切れたスマホの画面に、獅堂の拍子抜けした顔が写り込んでいた。 「いや、聞いてねーし」  外回りの後、社に戻ってまだ業務のあった獅堂は、遅い夕食を深夜営業の中華料理屋でとっていた。今夜からハワイに出張? そんな話はついぞ聞いていない。  それから、先ほど開いたカウンター上の週刊誌に目を落とし、獅堂はもう一度ぼやく。 「ホント、聞いてねーし」  そこにはクリティカルのインタビュー記事が載っており、日路のグラビアには、プロフィールがそえられていた。 (日路礼一郎/三月二〇日生まれ/魚座/血液型B)  獅堂は、腕時計を覗き込む。  もう最前から三度は覗き込んだ。  が、何度見ても変わらない。  時計の針は午後十時四十七分を指しており、カレンダーの窓は三月二〇日を表示していた。  今日は自分たちが付き合い始めて初めての──想い人のバースデーだったのだ。 「だから、聞いてないんだっつーの……」  何もかもが聞いていないことだらけで。  獅堂は天井を仰いで、ため息をついた。       ◉ 「カット!」  轟き落ちる滝の音に負けないくらいの声が、森の中を響き渡る。  今度のクリティカルのPVは、大自然の中にメンバーの五人がいだかれるイメージで作られるものだった。  メンバー達はファンタジー映画そのものの衣装を身にまとい、森の中に溶け込んでいる。  アースカラーをベースにしているので、さながら森の住人のようだ。  撮影の一行は、初日オアフ島を離れ、メインのPV撮影のために自然豊かなハワイ島へと来ていた。  休憩に入ると、腰まで水に浸かっていたメンバーのひとり、ムードメーカーの金剛寺友宏こんごうじともひろは、ザバザバと滝壺の中を漕いでテントへと戻る。 「スマホスマホ! オレのスマホ!」  お目当ては。 「マジかよ〜〜〜!!!」  スマートフォンのアンテナは無念にも圏外。 「こんな森の中でまでゲームしようだなんて、贅沢だよ」  タオルで濡れた体を拭きながら笑うのは面倒見の良い新條望しんじょうのぞむだ。 「だって、車ン中ではやれてたんだぜ!」 「道路があった時点での話だろ? ジャングルの中に入ってからは、もうスマホはだめだったよ」 「撮影に来るくらいだし、通信環境も整ってると思うじゃんよォ」  口を尖らせる金剛寺の手元を覗き込んで、三人目のクールが売りな矢島拓やじまたくがとどめを刺した。 「スタッフは無線を使っているようだ。友宏、諦めるんだな」 「んぐっ……」  見かねたリーダーの眞柴健ましばけんも、声をかける。 「夕方、街にもどってからやればいいじゃないか。友宏」 「健。それじゃだめなんだって。夕方には終わっちまうんだよ、このイベント!」  メイクを直されながら嘆く金剛寺は、すっかり肩を落として意気消沈。 「あー……俺のコンプリートぉ……」  それでも。 「スタンバイお願いしまーす!」 「行くぞ、友宏」  日路の呼びかけに、金剛寺はスマートフォンを置いた。 「ああ!」  撮影再開の声がかかれば、その背筋はしゃんとのばされ──撮影はつつがなく進み、予定通りの半日で、クリティカルのメンバー達は収録を終えることが出来たのだった。  撮影隊はホテルを取ってあるオアフ島へ戻るため、ロケハンのバスでコナ空港を目指す。  明日のロケはオアフがメインだ。  車内で金剛寺はスマートフォンを手に取ることもなく、不貞寝をしている。  矢島は純粋にその隣で居眠り。  新條と眞柴が何か話しているのを聞きながら、日路も、うとうととしかけていると、ふいに自分のスマートフォンが鳴動しているのに気がついた。  手に取れば、メッセージアプリの通知が立て続けに──おそらく、それまで圏外だったために滞っていたのであろう通知が届いたようだ。  送信者はいずれも獅堂。  最後のメッセージが表示されて、日路は首を傾げた。 『それで、アンタ、今ドコ?』  出発前に、獅堂にはハワイに行くと伝えたはずなのに。  ロックを解除してメッセージアプリを立ち上げる。  未読メッセージの一通目を見て、日路は思わず吹き出した。 『ホノルル着いた』  その後は──今ドコにいる、オレは今ココに居る、昼に何食べた、よくわからない鳥の写真、電話くれ、見慣れない花の写真、しまいには、行き先はハワイだったんだよな? と不安げに寄こしている始末だ。  時間を見るに、どうやら獅堂は最終便で日本を出てきたようだ。  日路はタップしてメッセージを打ち込む。 『待たせてすまなかった』  それから少し考えて、こう続けた。 『今行く』       ◉  オアフ島に戻った日路はチェックイン後、明日のミーティングを済ませ、皆との夕食を断ると、メッセージアプリで獅堂と約束していたカラカウア通り沿いのカフェへと向かう。  目指す席はすぐにわかった。  背広姿の獅堂が窓際を陣取っていたので、店の外からも丸見えだ。獅堂の横顔をウィンドウ越しに眺めて、日路はそれから、窓をノックした。  獅堂が顔を上げる。  なんだか微妙な表情だった。  こんな顔は珍しい。いつもなら自分を見つけると、それこそ尻尾でも振りちぎるような笑顔で迎えてくれるというのに。 「待たせすぎただろうか」  日路がそう言いながら席に着く。  獅堂は手を上げて店員を呼びながら、あいまいな返事をした。 「食事は?」 「まだ。貴方は?」 「俺はさっきマックでバーガー食った。ハワイの店ってアレだな。セットにパイナップルついてくんのな。結構うまかったわ」 「そうか」  いつもどおりの獅堂の調子に、日路は気のせいか、と思ったところで。 「俺、アンタに話があるんだけどよ」  と、重い声で切り出された。 「なんだろうか?」  日路が居住まいを正すと、獅堂は視線を落として話し始める。 「アンタの誕生日。昨日、雑誌でクリティカルの記事を読んで知って、そのまま飛んできた」 「誕生日……私の……?」 「仕事のスケジュールとか俺に話してくれるけど、そういう事、話してもらえないのは何でだろうか」  獅堂の言葉に、あ、と合点のいった顔の日路。 「そういうつもりではなかった……自分でも、忘れていたのだ」 「本当か?」 「ああ、本当だ」 「……そっか……忘れてたのか……」  安堵して繰り返す獅堂。 「プレゼントとか、全然用意できてねぇし、アンタが仕事で来てんのもわかってる」 「獅堂」 「押しかけて、すまねえ……」 「そうだな」 「え?」  驚く獅堂に、日路が口元に手を当てて考え込みはじめる。別に謝罪への肯定の意味ではなかったようだ。 「今、私が貴方から頂きたいプレゼントならばふたつある」 「ふたつ?」 「ひとつ目は……私を礼一郎と名前で呼んで欲しい」 「わかった。二つ目は?」 「貴方が欲しい」  日路の手元のグラスが、カラリと音をたてた。 「私は〝今日〟で、二十歳になる。貴方は、どちらを下さるだろうか?」  日付変更線を越えて。  ハワイでは今日はまだ三月の二十日。  日路の青い瞳が、真っ直ぐに獅堂を見つめている。  獅堂はその視線を真正面で受け止めると、日路の瞳を見つめながら── 「……両方」  と答えた。  ──ああ、やっぱり俺は。この瞳に弱い。    日路が軽食を食べ終えると店を出て、空港近くのモーテルへタクシーを走らせる。  獅堂がカウンターに立ち部屋を取った。  片言の英語で発音もけして良い方ではなかったが、不思議と会話が成り立つのを、日路は感心しながら眺めていると、やがて鍵がカウンターをすべって寄こされる。 「行くぞ」 「ああ」  部屋に着くと、獅堂は重たい営業鞄をバゲッジラックに下ろした。  会社からそのまま来たのだから仕方ないのだが、汗臭いし、シャツもヨレヨレだ。  庭の犬達は、いつものペットホテルに出張サービスを頼み、こうして出来た獅堂の時間は、明日のフライトまであと六時間。 「なんか……緊張するな」  日路は獅堂のネクタイに手を掛けると、するりとゆるめる。 「どうして? あなたとは、あんなことまでした仲だというのに」 「だから、それを言わんでくれ」 「後悔している?」 「まさか! ただ──照れているだけだ」  獅堂は、日路がゆるめたネクタイを片手で解く。  解いてしまって、だらりと形を失ったネクタイを首から下げたまま、獅堂は日路の両頬を、無骨な手で包み込んだ。  キスは、もう何度目だったろうか。  考えても詮無いのに、獅堂はそんなことを考える。  ふと日路と目が合った。  その瞳に何も考えられなくなり──深く口づけて、ベッドへと押し伏す。  日路の髪を指で梳いて、幾度も幾度も唇をあわせては舌を貪る。  とんとんと背を叩かれ獅堂は我に返った。 「息が……」 「悪ぃ。シャワーを浴びよう。俺は汗臭いしな」 「一緒に?」 「そいつは素直に浴びれる自信ねぇよ。先に使ってくれ」  クスクスと笑いながら身を起こす。  日路はシャツを脱いで、バスルームへと消えた。  やがてシャワーを浴びる音がして──獅堂はついにバスルームへは入ってはいかなかった。  日路がシャワーを上がると、部屋の照明は落とされ、ベッドサイドのスタンドだけが点っている。  テレビではかけっぱなしの音楽番組がバラードなんかを流していて。 「獅堂」  薄明かりの中、声を掛ければ。  獅堂はベッドの中で爆睡していた。  日路は思わず吹き出す。 「やはり、面白い人だ」  日路は下着姿でベッドへもぐり込むと、獅堂ごと毛布を引いて、テレビを消し、スタンドのスイッチを切った。  明け方。  日路は自分の腰に回されている腕と、うなじや肩に繰り返し落とされるキスで目が覚めた。 「獅堂?」 「あ、起こしたか……すまない、寝ちまってた……」 「何時だ?」 「四時」  ハワイの朝は早く、ブラインドからはもう陽の光が差し込み始めている。 「疲れていたのだな。無理ばかりさせて、いつもすまない」 「礼一郎」  言ってから、間があった。  日路が振り返ると、赤い顔の獅堂がそこに。 「俺がしたいんだ。謝らないでくれよ」 「わかった」 「……抱いていいか?」 「それは、たずねることではないな」  朝の光の中、日路の髪を獅堂は両手でかき混ぜて、キス。  そのまま、耳朶を食んで、首筋を舐めあげた。 「んっ……」  日路のもらす小さな声に、獅堂の血が沸き返る。 「礼一郎……」  再びのキス。  手は無意識に日路の前をまさぐり、下着から陰茎を引き出して扱きあげていた。 「……んんっ」 「気持ち……いいか? ちゃんと、感じる?」  日路の声に沸騰した頭で、獅堂は、そればかりを繰り返す。  男の身体などは知らない。  無心に胸の先を吸い上げ、首筋を舐めあげ、うなじや鎖骨にキスを落とし、執拗に日路の陰茎を愛撫する。  馬鹿のひとつ覚えで。  それでも、とろりとした蜜が日路の先端からあふれ出したので。  獅堂は嬉しそうに、それを咥え込んだ。 「……獅堂っ、それはいやだと私は……っ」  構わず獅堂は口の中でねっとりと、日路の陰茎に舌を這わせる。  いやらしくしゃぶりあげる獅堂の頭を掴んで離そうとするが、力が入らない。 「ぁあ……ゃめ……」  興奮した獅堂はまるで聞かない。日路は頭を振って口淫を恥ずかしがり嫌がった。  じゅるじゅると口の中で啜り上げられ、日路が喉の奥で声を殺す。 「ぁっ……くっ……」  達したのだ。  獅堂は日路を組み敷く。  くちゅくちゅと口の中に吐き出された日路の精液を唾液と絡め、獅堂は指をしゃぶって淫らな体液を指に乗せた。  日路のアナルをぬるぬるの中指で触れる。  びくりと、日路の身体が揺れた。 「獅堂……」  目が、合った。  獅堂はアナルの襞をなぞりあげ──ゆっくりと中指を押し込める。  日路の胎内が熱い。  うねるように指先をくわえ込まれ、獅堂は思わず指をさらに深く押し入れた。  くぷりと淫猥な音が立つ。  獅堂は引き抜いてから今度は薬指も添えておそるおそる──押し込める。  ぬぷぬぷと指を出し入れしていると、ふと、日路に髪を引かれた。  頬に口づけされ、耳元に囁かれる。 「我慢も限界なのではないか?」 「?」 「貴方の、先走りが私の太腿にしたたっている」  獅堂が慌てて自身の陰茎に触れれば、確かに屹立したそこからは先走りの液がはしたなくしたたっていて。 「きてくれ。獅堂。私ならかまわない」  ふっと微笑まれ、獅堂はてのひらいっぱいに口の中から泡立つ精液を垂らして自身に塗りたくると、日路のアナルへと押し当てた。  ぬぷぷ……っ。  挿入でまみれさせた精液をシーツの上に滴らせながら、獅堂は陰茎を挿入する。 「ぁあっ……ッ」  ぬるんっとした圧迫感が、日路の中を充足した。   ずぷん。 「ふ──っ」  やがて根元まで陰茎を埋めた獅堂が長い息を吐く。すぐにでも動き出したい衝動を堪えて、肩で息をしながら、日路の様子を伺った。  日路は、ふっふっと、短い息をしながら、切なげな顔で獅堂を見る。 「動くぞ、礼一郞」  獅堂は日路の頬を撫でると腰を掴んで、ゆっくりと突き上げた。 「ぁ……っ」  ずんと奥まで入った獅堂の陰茎の形を身体に覚えながら、日路はシーツを掴む。 「あ……っあぁっ……」  のしかかられる重みも、押さえつけられる身体も、一心不乱に打ちつけられる獅堂の雄も、全てが。  まるで獣にでも食い散らかされるようだ、と、日路は、普段の獅堂からは想像も出来ないような乱雑さを、余裕のない粗野を、受け入れた。 「しど……獅堂っ……」  揺すぶられ、突き上げられ、獅堂は容赦なく日路を貪る。 「ふっ…ふっ…れいいち……ろっ……きついか?」  尋ねるも獅堂は腰を振ることを止めることが出来ない。  日路は獅堂を見つめながら、首を横に振った。  ──やばい……これが男の身体か?  獅堂は、日路の足を抱え上げて、もう一段深く挿入する。 「んぁあああッ」  ずぷずぷと、獅堂に隠しだてもない本能の衝動で求められて。 「あっ……あっ…あっ…ぁあ……ッ!」  突かれるたびにこぼれ落ちる日路の声はまるでもっととねだるかのようだ。 「しど…なにか……なにか来……んぅっ!」  獅堂は、手を伸ばして、日路の陰茎に触れる。  そこは緩く射精してヌルヌルになっていた。  獅堂はイったばかりの日路の陰茎を扱きながら、更に腰を振った。 「ひっ……ゃめっ…………ぁああああッ!」  敏感になった前を弄られ、更に後ろを突き上げられ、日路が悲鳴を上げる。  びくびくと身体が震え、日路はさらに中でイったようだ。  獅堂は日路を引き寄せると、きつく抱きしめて最奥へと射精する。 「くっ……!!!」  ぐいぐいと腰を押しつけて、獅堂の白濁液はいつまでも日路の中に注ぎ込まれた。 「し……ど……」  朦朧とした意識の中で、日路は、自分に覆い被さってきた獅堂を胸に抱きとめる。  そしてただ、愛おしいと静かに思った。       ◉  昨日。  日路のハワイ行きを知った獅堂は。  中華飯店からバタバタと社に戻り、戻るなり、ものもいわずに書類の山を片付けると、同僚の佐々木にその束を突き出した。 「俺、明日と明後日に振り替え休暇使うんでヨロシク!」 「急だな」  佐々木はこともなげに受け取ったが、聞き捨てならないのは、管理職の営業部長だ。 「待て、獅堂。どういうことだ」 「私用で出かけたいんです。休暇は溜まりまくってますから、使わせて下さい」  口を尖らせる獅堂に、佐々木がたずねる。 「何処へ行くんだ」 「ハワイ」  獅堂はガチャガチャとデスクのキーを差し込んでパスポートを取り出す。  海外出張も多いので、もっぱら会社に置きっぱなしにしていた。 「そうか。マルボロ一ダースで手を打とう」 「ノッた!」  獅堂は、佐々木とハイタッチを決めると、ジャケットと鞄を手に部屋を飛び出していく。  残った佐々木が、苦虫を噛みつぶしたような顔の営業部長に向き直ると、堅物の上司は顔つきそのままの声色で口を開いた。 「……佐々木」 「部長。明日、獅堂の予定は調整済みです。急なことではありますが、消化しきれていない休暇の申請にご許可を願います」  営業部長は壁時計に目を走らせる。時刻はまだ、零時を回ってはいなかった。 「受理する」 「書類は後ほど」  佐々木は、ありがとうございます、部長と言って、にっこり微笑む。  こうしてハワイへやってきた獅堂は、無事、日路とひと夜の逢瀬を遂げ、日本へととんぼ返りをしたのだった。       ◉  ──いや、ヤったんだよな。  帰国して数日。  獅堂はふわふわと実感のわかないまま業務をこなしていた。  日路は明日、日本へ戻ってくる。  ──どんな顔で会えばいいんだよ……。  久しぶりに出来た恋人が、一回りも下の男性であることに、獅堂は今更ながらに不安に陥っていた。    ──始まり方があんなんで、妙に気が合って、好きだという気持ちが突っ走って、身体を繋いで。  パシャパシャとスケジュールアプリにアポを入力しながら、頭の中は日路の事でいっぱいだ。  ──落ち着いて考えろ。彼は人気のアイドルで……将来だって……ああ、でも、俺は礼一郎を諦めるなんて事はとても……。  そこで、はたと、獅堂は思い至る。 「じゃあ、諦めないってのは、どういうことになるんだ?」  思わずひとりごちた。  ──この居心地の良い関係を、ずっと続ける? ずっと? ずっとって、いつまでだ?   「そりゃ死ぬまでだよな……」  呟いて、そこでまた手が止まった。  ──俺が。礼一郎の人生を奪うことになるのか? 「随分と物騒な独り言だな獅堂」  ぽんと頭を書類ではたかれ、獅堂は我に返る。 「佐々木、お前帰ったんじゃなかったのか」 「帰るんだよ、これから」  佐々木は手際よく荷物をまとめながら、獅堂の独り言を拾った。 「死ぬまでなんだって?」  獅堂はうっとなって、それからぼそりと呟いた。 「……愛し続けたいんだ」 「は?」  帰ってきた返事がプライベートな内容だったことに、佐々木が驚く。 「え、何、おまえ……ああ、恋人が出来たのか」  ハワイだなんだとバタついていた獅堂に、佐々木は合点がいった。 「祝福しろ」 「ああ、よかったな、獅堂。お前全く女っ気がなかったから、そっち方面の男かと思ってたぞ」 「合ってる。若い頃に遊びすぎた。女はもう良い」 「は?」 「佐々木、永遠の愛って、どうやって誓えば良いんだろうな」 「そりゃあ……人によるだろ、スタンダードなのは指輪でも贈るとか」 「指輪かあ……」 「いや、待て獅堂、女はもう良いってどういう……」 「昔な。学生の頃彼女がいて……でもヤりたい盛りだったし、こんな俺でもまあまあモテて、二股三股とやらかして、振られて、いささか懲りて、今まで来たんだけれど……とんでもないのに飛び込んじまったって言うか、飛び込まれたと言うべきか」 「ああ?」 「男なんだ、恋人」 「ああそうか。なら……やっぱり指輪で良いんじゃないか? 今のとこ、この国で結婚は無理だしな」  佐々木は驚きもせず、いつも通りこともなげにそう言うと、整った帰り支度に、まあ、頑張れよ、と言って、オフィスを出て行った。 「指輪、ね」  獅堂は自分の左手を眺める。  ──サイズも知らねえんだよなあ。  またしても溜息が、こぼれた。

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