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第5話

 獅堂はたっぷりひと月悩んで。  結局サプライズではなく、ふたり一緒に指輪を買いに行く道を選択をして、日路を戸惑わせた。 「指輪?」 「あ、ああ。その、なんだ」  都内のビジネスホテルで久しぶりにふたりは夜を過ごす。  そのベッドの中で、獅堂は日路に、尋ねることにしたのだ。  獅堂は、シーツに日路を縫い止めると、腕の中の恋人に、真っ直ぐに伝えた。 「礼一郎。俺はこの先も、お前と一緒に生きていきたいと願ってる」 「獅堂……」 「もし、礼一郎もそう思ってくれるのであれば、一緒に、指輪を買いに行かないか?」  獅堂の真剣な眼差しは痛いほどだ。  日路は両腕を伸ばして獅堂の首に絡めると、抱き寄せて耳元に囁いた。 「私でいいのか? 獅堂」  獅堂は力一杯、日路を抱き返す。 「それは俺のセリフなんだよ!」  そのまま金色の髪へとキスを繰り返した。 「なあ、いつにする?」  弾んだ声で尋ねると、日路は眩しそうに次のオフにでも、と答える。 「わかった」 「獅堂」 「ああ?」 「私と、同じ気持ちでいてくれて、ありがとう」  心からの声で。  獅堂はもう一度、日路へとキスをする。  今度は、唇へ。  深く、深くくちづけて。  獅堂のキスがそのまま喉元へ降りたので、日路は息を継いだ。 「……はぁ」  獅堂の手が、ゆる、と動く。 「ぁ……しど……ぅ」  肩口にキスを滑らせ、獅堂は先ほどまで激しく突いていた日路のアナルへと指を差し入れた。  熱い。  まだ残っていたローションがぬる……と、指を受け入れる。  ぬく…ちゅく……っ  獅堂は音を立てて、中を可愛がった。 「しどぅ……焦らすな……っさっきまで挿入っていたのだ、慣らす必要など……っ」 「それが……もうゴムがねぇ。指で」 「嫌だ、貴方が良い、もどかしい……獅堂っ」  ねだられて。  獅堂は口元を弛ませると、指を引き抜いた。  ちゅぽっ 「ぁぅ……」  思わず声を漏らした日路に、獅堂が猛った熱い剛直を握り、アナルへと擦りつける。 「ん……」  二、三度滑らせて角度を変えると獅堂は日路の中へと硬い陰茎をゆっくり沈めていった。 「ぁ……あ……っ」  とろけるような感覚に、日路は身を任せる。 「動くぞ、礼一郎」  獅堂は、いやらしく腰を揺すりながら、日路の足を抱え上げた。 「ぁあっ…あっ……ぁ……っあっ……」  獅堂の律動に乗って、日路の声が漏れる。  いつものバリトンより、もう幾オクターブか高い声だ。  ぬぷ……ずっ……ずぷっ……ぐぷっ  ゆっくりと腰を使われ、日路は首を振る。 「ぁ……獅堂……獅堂っ」  日路に、ぐいと腰を押しつけられ、獅堂の箍が外れた。 「礼一郎っ」  ばちゅっ、ばちゅっ、ばちゅ……っ……  先ほどからは一変し、激しく腰を振る。 「ぁッ…あぁッ…あッ…ぁッ……」  喉の奥から出る甲高い日路の声が、獅堂の頭の中をぐらぐらと揺さぶった。 「もっと、もっと声が聞きたい」 「あッ…あッ……あァッ、獅堂ッ」  びくびくと、日路の身体が跳ねる。  達した日路の身体をなおも獅堂は深く突き上げた。 「ひ……ッ」  もはや声ではない。  喉から出る空気の過擦音だけになった日路に獅堂は容赦なく突き続け、やがて。  ぐぷん 「~~~~~~~~ッ」  一番奥深いところへと突き立てられ、日路は、もう一度絶頂を迎えた。 「中……中に出したい……礼一郎ッ」  聞こえているのかも定かではなかった日路が、頷く。 「くッ……」  獅堂は日路の身体を掻き抱き、堪えきれずに精液を最奥へびゅるびゅると放った。 「礼一郎……っ!」  全てを放ちきると。  重たい身体を日路に乗せ、獅堂は日路のこめかみにキスをした。  至福に包まれて。         ◉  次の休日。  ふたりは銀座をぶらついて、ジュエリーショップを覗いて歩く。 「聞きたかったのだが」  と、三軒目を回って、少し疲れた頭を休めようと入ったカフェで、日路が獅堂にたずねた。 「今日買う指輪は、ふたりそろってということは、婚約指輪というのではなく、結婚指輪ということになるのだろうか」 「けっ……」  獅堂は絶句した。  見る間に顔が赤くなっていく。 「私たちの間には認識の齟齬があっただろうか」 「いや……多分、あってる。と、思う」  歯切れが悪い。  日路の顔が、やや曇った。 「ペアリング、っていうか、そんな軽いつもりで、最初は、一緒に、って思ったんだ。なにか、恋人らしいことがしたくて、せめて……けど、結局の所、俺が望んでいたのは、そういう事なんだと思う」  獅堂は、手元のグラスを見つめながら、そこまで言い切って、顔を上げる。 「礼一郎……」  日路は、青い大きな瞳で、獅堂を見つめていた。 「俺は、これからも一緒に生きていきたいと願って、そして、お前もそれを望んでくれて、今日、こうして一緒にいる。けれど、はっきりとした言葉にしなかった、俺が悪かった。礼一郎。俺と結婚してくれ」 「獅堂、プロポーズなら、あの夜しかと受け取ったつもりだが?」 「あ、いや、俺なりのけじめっていうか……」 「まだ指輪も決めていないというのに、本当に、貴方という人は」  日路はくっくと肩を揺らして笑っている。 「格好、つかなくて、悪い」  獅堂はガリガリと頭を掻いた。 「いいんだ。そんな貴方を、私は、気に入ったのだから」  日路はそう言って、にっこりと笑う。  その笑顔に。 「好きだ」  獅堂は思わず、そう呟いて。  微笑んでいた日路の瞳から、ぼろりと、涙があふれ出した。 「礼一郎?!」 「あ……すまない。貴方の口から、その一言を初めて聞いたもので……ほっとしたと言うか」 「え? ええ?! 俺、言わなかったか?? 今まで一言も??」 「ああ」 「そりゃあ……不安にもなるよな」 「貴方の気持ちは、とてもわかりやすかったのに、こんな小さな事で私は……」  日路の涙がテーブルを濡らす。 「そんなことないぞ」  獅堂は、手元の紙ナプキンをわさわさと掴んで日路の目元を押さえた。 「獅堂……」  苦笑しながらも、日路はされるがままだ。 「大事なことだ。言わなきゃわかんないんだ。そりゃ、言わなくても分かる事はあるだろうけれど、言う、ことには、明確な意思が乗るんだ。そこには」  紙ナプキンをのけると、そこにはやはり日路の、海のように深い青の瞳が。 「なあ、俺もずっと聞きたかったんだが」 「なんだろうか?」 「あんた、日本人か?」  日路は、突拍子もない獅堂の質問に、大声で笑い声を上げた。 「礼一郎、笑いすぎだ!」 「あはははは……いや、……すまない。その質問はよく受けたが。自分は、いわゆるクォーターだ。祖母がイギリス人で……隔世遺伝というやつだろうな。両親はしっかり黒い髪に黒い瞳だ」 「へえ……すごいな」 「正真正銘の日本人だ。安心しただろうか」  いたずらっぽく笑って、日路は尋ねる。 「別に、礼一郎が宇宙人だってかまやしねぇよ」  獅堂も日路の鼻をつまんで引っ張ると、そう言って笑った。  結局。  ふたりは相談の結果、やはり一番最初の店で見た指輪にしようと言うことになり、カフェを出た。  選んだ指輪はシンプルなプラチナのリング。内側にサファイアが埋め込まれたデザインだったので、日路の瞳のようだと獅堂が気に入り、取り立てて高価なものではなかったが、それに決めた。 「もう、嵌めるか?」  ショッピングバッグを提げた獅堂が、日路に尋ねる。 「そうしたいところだが、獅堂、空腹なのではないか?」 「え、なんでそれを」 「さっきの店で、お腹が鳴っているのが聞こえた」 「聞こえてたのかよっ! ってことは、店員にも聞かれてたのかな」 「おそらく。顔には出さないだろうが」 「マジか……」 「何が食べたい?」  尋ねられて、獅堂はしばらく考え。  言いづらそうに、日路に申し出た。 「た、タンメン」 「それは、相当お腹が空いていたのだな」  気の毒そうな顔をされ、獅堂は美味い店を知ってるんだ、近くで、と、日路の手を引いて、銀座の裏路地へと連れだした。  雑居ビルの地下に収まった中華料理店。  昼時。  日本語以外が多く飛び交う店内で、獅堂は案内された席に着くと、メニューを日路に回した。 「ここのおすすめがタンメンなんだ。うまいぜ。具がたっぷりで、豚肉も海鮮もどっちも入ってる」 「ウズラの卵も?」 「ああ、入ってる」 「では、同じものを」  獅堂は、ウズラ好きなのか? と日路に尋ねながら、店員に注文をする。  日路はこくりと頷いた。 「おまちどう様です」  店員に届けられたタンメンは、獅堂のおすすめ通りの味で。  食べ終えて、人心地ついた獅堂を見て取ると、日路は、おもむろにショッピングバッグを引き寄せて、中からジュエリーボックスをとりだした。 「獅堂、指輪を嵌めたい。いいだろうか?」 「そりゃ構わねぇけど、今?」  いそいそとリボンを解き始める日路に、獅堂は思わず聞き返す。 「今」  日路は、答えて、かぱりと蓋を開けると、獅堂に向けて、指輪をさしだした。 「貴方から嵌めてもらえるだろうか」 「も、もちろん!」  獅堂は受け取って、指輪を取り出すと、日路のしなやかで白い左手の薬指に嵌める。 「獅堂」  日路はジュエリーボックスを受け取ると、今度は獅堂の手を取り、同じく左手の薬指に嵌めた。 「礼一郎」  獅堂は、自分の手に指輪を嵌めた日路の手を取り、ぎゅっと握りしめる。 「末永く、可愛がって下さい」  日路はそう言って、獅堂の手を握り返した。  その日は獅堂に夜から仕事が入っていたので、日路は大人しく帰宅する。  家に戻りシャワーを浴びようとした時。  日路は、指輪を外そうとして――その手を止めた。  指輪ごと握りしめられた、獅堂のてのひらの感触を思い出す。  ――彼の手はいつも温かい。  日路は、指輪を外すことなく。  そのまま衣類を脱いで、バスルームのドアを押し開けた。       ◉ 『クリティカルの日路の左手に、指輪が光る! お相手は年上のゲイ?!』  スポーツ紙の三面記事がテレビのニュースで取り上げられ、SNSを騒がせたのは、それから数日後のことだった。  犬たちに朝の餌をやり、自分も朝食のトーストをかじりながらスマホを眺めていた獅堂は、流れてきた芸能ニュースを目にしてそのまま固まった。  その内容は、夜の生放送のニュース番組で、日路が近頃左手に指輪を嵌めている。指輪のクローズアップ。ブランドの推測。そして、番組独自に入手した写真であると報じて、至道と日路が仲睦まじく一緒に歩いている写真までもが映し出される。 「嘘だろ……」  まさか。  日路がそのまま指輪を嵌めていたとは。  もちろん、獅堂の左手にも指輪は嵌められたままだ。  けれど。  よもや芸能人である日路が、指輪をそのまま嵌めているとは思いもよらなかった。  おそらく、仕事の折には外すだろうと思っていたし、獅堂は、そのうち指輪を通すネックレスをプレゼントしようと物色していたところだったのだが。  ラインを開いて、獅堂は日路にメッセージを送る。  【獅堂】指輪、外さなかったのか?  返事はない。  日路は、まだ眠っているのだろうか。  獅堂は出勤の支度をする間も、ずっとスマートフォンを気にし――日路から返事が来たのは、獅堂がオフィスの席についた頃だった。  【日路】どうかしたのか?  【獅堂】朝のニュースで、お前が指輪をしてるってすっぱ抜かれていた。  【日路】ああ、ついにか。  【獅堂】ついに、ってどういう意味だ?   【日路】覚悟はしていた。  【獅堂】覚悟って……  【日路】貴方が嵌めてくれた指輪を、どうしてもこの指から引き抜きたくなかった。  【獅堂】礼一郎……。  【日路】愚かなことだった事は認める、けれど、それ以上に、通したい意地だった。貴方は馬鹿だと笑うだろうか。 「そんなわけあるか!」  思わず口に出して、隣の佐々木が、獅堂をたしなめた。 「どうした、獅堂。声が大きいぞ」 「あ、ああ、すまない」  【獅堂】笑う訳無いだろう。  ――予想すべき事だった。  獅堂のレスを打つ手が止まる。  日路は、まだ若い、自分より十以上も年下だ。普段表情は乏しいが、それでいて自分の感情には真っ直ぐで、言動は大人びているとは言え、日路の行動はいつも、言ってしまえば軽率でもあった。  ――俺が、もっと気を遣うべき事だったんだ。  【日路】事務所からも収録時は外せと言われていたのだが、私が従わなかった。  【日路】呆れたか?  【日路】獅堂、なんとか言ってくれ。  【日路】獅堂?  【日路】獅堂  日路の呼びかけに、獅堂は何と答えれば良いのか分からない。    【日路】今、ニュースを見た。こんな、大事になるとは……貴方にまで迷惑を掛けてしまった。  日路からの謝罪に、獅堂は慌ててレスを打つ。  【獅堂】俺のことは構わない。気にするな。  その先を。  なんと打てば良いのか分からない。  ゴシップだとはニュースをひねり潰せない。ふたりの前にそれは間違いようもなく事実だ。  いったんスマホをテーブルに置いて、深呼吸を一つ。  獅堂は決心すると、スマホを手に取った。 【獅堂】大丈夫だ。俺がなんとかする。  獅堂は、そう打つと、日路の答えは聞かずにスマホを閉じた。 「トラブルか?」  佐々木に声を掛けられ、獅堂は苦笑する。 「そういやお前は芸能に疎かったな」 「ああ? 興味は無いが?」 「皆そうだったら良いのにな」 「? なんの話だ?」  獅堂が顔を上げると、ちらちらと視線が飛んでくるのが分かる。  おそらく、朝のニュースで知った手合いだろう。  ただの恋愛報道ではない、相手が同性と報じられ、SNSでの誹謗中傷は加速。    ――誤報にするしかない。  獅堂は席を立つと、スマホを片手に、使われていない会議室へと向かう。  ネットで、日路の所属する事務所を探し当てると、代表番号に電話を掛けた。 「日路礼一郎さんと交際をしている者ですが。今後のことについて、ご相談したい」    その朝は、抜けるような青空だった。

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