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第35話 実在する人

 この頃、夢子を描いていても集中出来ない。すぐにミコトを思う。初めて見た時から不思議な気持ちの中にいた。  ボーカロイドに抱く妄想は、切実で理想通りの女の子を生み出したはずだった。ファンも多い。満足していた。  現実の人間を知らない。誰とも付き合った事はない。美化して作り上げた夢子。思い通りに動かせる。その思いに変化が現れた。  夢子は仮想空間の自分だけのものに出来る存在だった。まだ、実際に見たことの無い女の子の身体を理想通りに作ったはずだった。肌の温もりさえ感じる事が出来た。その柔らかな乳房を手の中に感じることが出来た。満足していたはずだった。実在する数多のアイドルなんかでは全く満足出来なかった。 (夢子は俺のもの。) 幸せを感じていたのに。 「おはよう。」  元気よくミコトと凍夜が入って来た。 モニターを見て 「すごいね。夢子ちゃん、可愛い。 生きてるみたい。」 「サブの中では生きてるんだ。 チャーミングだな。」  サブはミコトに見惚れている。ミコトの全てを覚えておきたい。夢の中で触れ合いたい。  夢子に込めた思いを今度はミコトに込めたい。 夢子に何度も思った事。その柔らかい唇にキスしてみたい。そんな思いを込めて動画を作ってきた。時にはAIの力を借りて。  今、本物の人間がいる。ミコトに触れたい。実在する目の前のミコトに、妄想の夢子は一瞬で色褪せた。  今まで孤独で恋愛など無縁だった。妄想の女の子に欲情するしかない。サブは童貞だった。 (なんで俺、男なんかに見惚れてるんだ?) 「サブ、なんか曲出来た? サブは詩を描くんだってね。」 「あ、ああごめん、ぼうっとしてた。 何?歌詞のこと? 歌詞ならミコトが書けるんじゃないの。」 (あの『苦い麦』は実話だって聞いたけど、ミコトは虐待されてたのか?) 凍夜が 「あんまり有名にはなりたくないんだ。」 ミコトの肩を抱いて言った。  サブは頭が沸騰しそうだ。 (俺、ゲイって理解不能だ。 でも、ミコトなら抱いてみたい。) 凍夜は嫌な気持ちになった。サブの醸し出す生々しさに一瞬、ゾッとした。  キースたちが来た。 「サブ、家の中で缶詰め状態で、なんかストレス溜まるでしょ。外に行こうか?遊びに行こう。」 (遊びに、ってどこに行くんだ。俺は都会が怖い。)

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