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第40話 話にならない
鋭いブザー音は三階のスタジオまで聞こえて来た。
「ワッ、なんだ、何があった?」
スタジオにはミクオとキースと凍夜、そしてミコトがいた。
下にはタカヨシも来たらしい。スマホが震えて画像が送られて来た。あの男が女の子を捕まえて離さない。何か刃物で脅しているようだ。
音声が入って来た。
「警察、警察呼んで!」
一階に住んでいる若い社員が飛び出して来て男を組み伏せた。男は一瞬で刃物を自分の腹に突き立てた。女の子は無事だった。
「わあっ!」
その場にいた者たちの叫び声が重なった。
駆けつけた警察と警備会社の人と階段を駆け降りたキースたちで入り口は騒然となった。
「救急車!早くっ。」
出血で辺りは血の海だ。
「何やってんだよ!」
怒号が飛び交う。キースたちバンドメンバーは茫然としている。
病院で一命を取り留めたらしい男はやはりミコトの元義父だった。
警察官に事情を聞かれて答えられるほどに、傷は浅かった。あの男の得意のパフォーマンスだ。
「私はあのミコトの父親だ。会いに来るのは当然の権利だ。」
警察官に言い張っている。どこまでも付きまとう気でいるらしい。
「息子に会えないなら、ここで死のうと思った。」
などと言っているらしい。
ミコトも事情を訊かれた。
「母さんは離婚しています。
あの男とは法律的には親子ではありません。
元々母さんの再婚相手で、血のつながりはありません。」
子供の頃から性的虐待を受けていたことは、わざわざ話したくはない。古傷を今更、抉られたくは,ない。
どうしたらいいのか。男は誰も身内がいないらしい。入院していても誰にも連絡出来ないという。警察官も困っている。
「私は刑務所に入って何もかも無くしてしまった。仕事も馘首され、コツコツ貯めた資産も横領の弁済で差し押さえられた。
ミコト、おまえたちに裏切られて私はどこにも行く所が無いんだよ。」
逆恨みもいいところだ。
「こんな惨めな人だったのか?」
幼いミコトの人生に君臨していたあの恐ろしい男が、こんな弱い奴だったのか。
ミコトは急に心配になった。
(はっ、母さん。母さんに迷惑かけられない。)
ミコトの母親は、山川商事の社長秘書をやっている。山川商事の社長は凍夜の母だ。
(こんな奴にまとわりつかれたら大変だ。)
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