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第52話 リストカット

 ミコトのものとは比べものには、ならない浅い傷跡だった。まるで自慢するかのような飾り物の傷。 「舐めてんのか?」 「何?」 「その傷は人生舐めてんのか、って聞いたんだよ。」 「酷い!私の苦しみなんか、サブにわかるわけないよ。」   意外なサブの厳しい声に驚いてしまった。 サブはミコトの手首に無数にある深い傷を思った。こんなポーズだけのリスカとミコトのものは全く違った。偶然見つけた傷痕がサブの心を抉った。比べものにならない。 「夢さん、なんか軽いね。 あんたの人生が軽いって言ったんだよ。」  それでもセックスした後ろめたさで、ダラダラ と付き合いは続いた。 「男は、ヤラセてあげれば何でも言う事を聞くのよ。特にいい年して拗らせた童貞くんは。」 まるで、海千山千のやり手ババァのような言葉に 純情なサブは傷ついた。  スタジオに来る、凍夜に肩を抱かれたミコトが美しく見える。  ミコトはどんな思いでリストカットなんかしたんだろう。その気持ちを思うと胸が苦しい。  夢の飾りのような傷は胸糞悪いだけだ。それでも来るたびにセックスをしてしまう。自分が情けない。 「ここに置いてあった楽譜、知らない? 新曲のアイデアを書いたんだ。昨夜思いついて書き殴ったの。見なかった?」 タカヨシが探している。  さっき帰った夢が何か手に持っていたような。 夢にラインしてみた。一向に返信がない。既読もつかない。  パソコンも開けた跡があった。サブの書き溜めた歌詞のページが1番に出て来た。さっきまで見ていたようだ。新曲を手に入れたいのだろうか?  粗削りで歌にもなっていないものを盗んでどうするのか。  夢には「先輩」と呼ぶ男たちがいた。バンドをやっているらしい。  泣かず飛ばずの売れないバンド。 「先輩、持ってきたよ。『凍てついた夜』の新曲。アタシ楽譜読めないけどなんか酷い書き方。 読める?」  タカヨシの書き殴った譜面を見た。一応バンドマンだから譜面を軽く歌ってみた。 「さすが、いい曲になりそうだ。 読むのが大変だな。夢、ありがと。」  肩を抱き寄せてキスしてくれた。 (この薄汚い女もまだ使えるな。 抱きたくはないな。エイズなんか持ってないといいけど。)

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