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第58話 偏見

 意外な人が偏見を持っている。日頃、リベラルを気取っている人が案外了見の狭い輩だったりする。ネットに拡散されたバンドメンバーの性癖に拒絶反応を起こす人々がいた。  100人いたら100人の正論がある。都会の片隅で静かに暮らす同性愛者に何の罪があるだろう。  いつでも、何があっても動揺しないミクオに、キースは心底惚れていると思う。 「ミクオ、どうしていつも落ち着いていられるの?僕はずっとミクオのそばにいたいよ。  何があっても,大丈夫って思わせてくれるミクオが大好きだよ。」  抱き寄せて頭を撫でてくれる。 「ずいぶん遠回りしたね。 キースをこの手で抱きしめるまでに。」 「今が一番幸せだ。」  ネット民は勝手な事を言っている。 「男同士でキスしたりするの、マジきもい。」 じゃあ男女なら誰でもキモくないのか?  キースはミクオが世界一素敵だと思っている。そのたくましい腕にいつも抱かれていたい。 ゴツゴツした手も好きだ。触られると感じてしまう。どんなミクオも好きだ。 「キースはドイツ時代の私を知らないだろう。 危険な仕事も多かったんだよ。 私はクルマが好きだ。 ヨーロッパは国境一つで別の国だ。  隣の国で戦争が始まると、たちまちいろんな物資が不足する。オンボロの車でも直して乗るしかない。いつ爆撃されるかわからない危険な所で、エンジニアが不足している。」 「そんな危険な所にいたの?」 「ああ、私一人では守りきれなかった。 目の前でたくさんの人が死んでいった。 自分の不甲斐なさに泣けたよ。  人間は弱いものだ。一人では生きられない。 誰かに愛されて、誰かを愛したい。  究極の場面では、人の温もりが必要なんだ。」 キースを優しく抱きしめてくれる。 「そばにいたかったな。 ミクオが死ななくて良かった。自分勝手だね。」 「同性愛者をわざわざ糾弾する必要は無い。 極限状況では人の体温の暖かさがありがたいんだ。異性も同性もない。  最前線から生き延びて、見ず知らずの人と、お互いの顔を見つめて安心する事がたくさんあったよ。」 ミクオに抱きついた。離さないように。 「今ここにキースがいる事の奇跡を思ったら、それが一番大切だ。」  数々のヘイトが馬鹿馬鹿しい事だと思う。 なんで人類はいがみ合う必要があるんだ。 「みんな愛し合おうって言いたい。 でもミクオはあげないよ。」

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