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第62話 ドラム
凍夜たちと別れてディアボラから帰って来たキースは、ミクオの目を見られない。
「キース?」
ミクオに肩を抱き寄せられても素直になれない。
ミクオはただ黙って頭を撫でてくれる。
「僕が知らないミクオがいる。
今まで、考えなかった。
過去にこだわるなんてガキ丸出しだ。
僕に触らないで!放っておいて。」
ここには自分の居場所がない。キースは愕然とした。余りにもミクオに依存していた事に。
(こんなに情けない男だったのか。
何もない人間。ああ、ドラムが叩きたい。)
黙ってミクオの家を出た。ミクオの目を見られないのだ。
タクシーを拾ってスタジオに帰ってきた。
隣の部屋にいるサブには声を掛けず、ドラムセットの前に座った。
少し叩いてから、床に座ってキットをバラして組み直しを始めた。
夢中になっていると、いつのまにかミクオがそばで見ていた。
一つ一つキットを調整しているとドラムセットに愛しさが込み上げてきた。
ずっと愛してきたさまざまなことが思い出されて胸がいっぱいになった。
(僕はいつも頑張ってきたんだ。
ダンスに夢中になった時も、ドラムを手に入れた時も、全部愛して来たんだ。)
キースは自分を作っている色々な構成要素を思った。時間の流れの中に自分の大切なことが詰まっている。
(いつだって一生懸命にやって来た。そんな自分を愛してきた。
ミクオにもそんな過去があるのは当たり前なのに。どうして、他の人にも濃密な過去があるのを許せないんだろう。過去が気になるのは僕が未熟だからか。)
ミクオが黙って見ている。
一つ一つチューニングしながら組み上げていくキースの楽しそうな様子を見ている。
「凄くたくさんのキットを組むんだね。
エンジニアの血が騒ぐなぁ。」
振り向いたキースは嬉しそうだ。
「ホントはこんなもんじゃないんだ。
僕のは80年代のロジャーテーラーのセットを丸パクリしてる。
まだまだテクニックが追いつかないよ。」
肩を抱かれてミクオの胸に飛び込む。
「こんなに好きなのに、なんで昔のことが気になるんだろう。自分が嫌になる。」
ミクオの膝に乗って甘えてわがままが言いたくなる。ミクオを困らせたい。
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