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第67話 流れる
流されるようにドイツに来た。あれっきり、メイトの消息はわからない。
(私は逃げたんだ。あの戦場から。)
その思いが胸を去らない。いつも罪悪感に苛まれる。誰かをこんなに思ったことはない。
自分が同性愛者だという自覚はなかった。
ただ、メイトが欲しかった。
そのころのミュンヘンは同性愛者に寛大だった。ミクオの性癖を嗅ぎつけられて寄ってくる男は多かった。でも誰も抱く気にはならない。
「どこかに生きているはずだ。きっと会える。」
そんな思いも風化しそうに日々が過ぎていく。
ミクオはまた、愛してやまない車を見つけた。
車に没頭した。そしてキースの父親ゲオルグに出会う。それは全てが日本に帰ることを示唆していた。
日本に帰ってきた。メイトがどこかにいて、ミクオが迎えに来るのを待っている、という夢を何度も見た。
孤独を自分に科した。
いつも一人で過ごす。それが置き去りにしたメイトへの免罪符のように。
ゲオルグには日本人の妻がいた。身体の弱い妻は息子と一緒に軽井沢の別荘にいた。
毎週末、軽井沢に帰るゲオルグを見送るだけの日々。ゲオルグの妻が亡くなった。高校生の息子を東京に連れてくる。下の娘は独立心が強く、一人でドイツの全寮制の学校に入った。
そしてゲオルグに息子を紹介された。
一目見た時、背中に電流が走った。
(なんて綺麗な子だ。)
一目惚れだった。
自分が同性愛者である事は絶対に知られてはいけない。この美しい少年を汚してはいけない、と自分を戒めた。
つらい毎日だった。キースは学校から帰ってくると裏の整備工場に顔を出す。
「ファティ(父親)が整備士の資格を取れって言うんだ。難しい?」
ゲオルグは、死んだ妻の面影を残す息子を溺愛していた。 恋人も作らず息子のために働き詰めだった。そんなキースを汚す事は出来ない。
女の子にモテていつも周りに取り巻きがいる。
(まだ心までは盗られていないようだな。)
裏の工場で思わずくちづけをした事があった。
キースもミクオを求めているのがわかる。
縋るような目で見るその瞳。何度も我を忘れそうになった。
キースに夢中だった。
そして結ばれたあの日。二人で過ごす時間が宝石のように輝いている。確かにこの手に抱きしめているキース。少年の頃から見守ってきた手の中の宝石はキースだ。
忘れていたメイト。心が千切れる。
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