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第69話 ミクオ

「そのエンジニアがミクオでした。 彼は男らしくて眩しかった。  エンジンオイルで汚れた顔もセクシーでした。」 「羨ましい出会いだな。」 エンジニアの仕事は熾烈を極めた。次から次に仕事がある。  そしてミクオが過労で倒れた。その時野戦病院で衛生兵の仕事をしていた名都が世話をする事になった。日本語が出来る。  エンジニアは必要な人材だから、大切にされている。付きっきりの看病でミクオは回復した。  よそ者の傭兵がミクオの回復を褒められているのをよく思わない同僚の兵士が、密告をした。 「あの、日本人はどうも怪しい。 あの技術者といつもテントでコソコソしている。きっとスパイだ。」 と言うのだ。 「あっという間に営倉行きでした。言葉があまり通じないせいで、違う、と言ってもダメでした。  ミクオに声をかける暇もなかった。それっきり。離れ離れで一度も会えませんでした。」  集蔵が愛おしそうに名都の身体を弄る。 「その時のキズか?これ。」 「ええ、苛烈な拷問を受けました。 思い出すのも怖い。 ここで死ぬのだな、と覚悟しました。」  身体中凄い傷痕だった。今でも消えない。  ミクオも爆撃されて病院も焼かれて、必死で逃げた。周りの人に名都の事を尋ねながら。  途切れ途切れに、スパイと間違われて連れて行かれた、と聞いた。  スパイの嫌疑がかかったら生きてはいないだろう、というのが大方の意見だった。  ミクオは必死に探し回った。そして絶望してドイツに渡った。  国が変われば、遠くの国で戦争をしていることがウソのような平和さに愕然とした。  ミャンマーでの働きが評価されて、帰国をはたした。  一つ間違えば、死と隣り合わせだった。 名都もミクオを探し回ったが、無事に出国出来た、と耳に入ってきた。 「あのエンジニア、いい人だった。 ずっとこの国にいてほしかった。」 そんな声が聞こえてきた。 「良かった。 もう会えないかもしれないけど。」  そもそもスパイだと思われるほど親密に見えたのか?初めて愛し合った夜戦病院のベッドの上が、今は懐かしい。  切ない想いはお互い様だった。 日本で会える日が来るとは。

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